アルピーヌ A110復活
(アルミ製ボディーの誘惑と現実)
2018/12/09(日)
はじめに
不勉強で、全く知りませんでした。
ひと昔前(50年ほど前)、ラリー界をポルシェ911と共に席捲したあのアルピーヌA110が復活したそうではありませんか。
2018年に復活したアルピーヌA110
ご存知の通り、下の2台のクルマは両車ともエンジンをリアに積んで後輪を駆動するRRレイアウトでしたので、エンジン荷重が駆動輪に直接加わる事から4WDが台頭するまでは雪道では無敵の存在でした。
一時代のラリー界を席巻したRRのポルシェ911(左)とアルピーヌA110(右)
仏ルノーが、こんな懐古趣味のクルマを蘇(よみがえ)らせる事ができるほどリソースに余裕があるとは、今の今まで知りませんでした。
日産を立て直したゴーン・ファンの弊サイトとしましては、少々複雑な気持ちですが、くだんの件はこれからもまだ一波乱も二波乱もあるのでしょう。
それはさておき、その新アルピーヌA110ですが、貧乏サイトでは触れる事はおろか、おそらく実車を目にする事もできないでしょうが、それでも一体どういうクルマになって蘇ってきたか興味津々です。
という訳で、同じ様に興味をお持ちの方のために、早速ルノーのHPを覗いて新アルピーヌA110の特徴を探ってみたいと思います。
新アルピーヌA110
ご存知の通り初代アルピーヌA110は、4座席のRRだったのですが、新型は前後重量比44:56の2座席ミッドシップに生まれ変わっていました。
新アルピーヌA110はMRとなり、ガソリンタンクは運転席前に配置
エンジンは1.8リットルの直列4気筒直噴ターボで、最高出力が252ps/6000rpmで、最大トルクが32.7kgfm/2000rpmとの事です。
新アルピーヌA110の1.8リットル直列4気筒直噴ターボ
値段が800万円と聞いただけで、一気に現実に戻ってしまいますが、数が出ない事を考えればこんなものなのでしょう。
そんな中、興味深い写真を見つけました。
アルミ製ボディー
それが下の写真です。
新アルピーヌA110の塗装前のアルミボディー
この車体の中央を貫通する横に伸びた銀色の支柱は、一体何でしょう?
最初はてっきり、ボディーを支える生産設備の一部だと思ったのですが、どうやらこれはメインフレームの様にも見えます。
変わった構造だなと思ったら、新型は何とボディー全体の96%がアルミ製なのだそうです。
ちなみアルミボディーは既にアウディでも採用していますが、この場合は以下の様に鉄やカーボンファイバーやマグネシウムも使われています。
アウディスペースフレーム(ASF)の説明図(赤丸がアルミで青丸が鉄使用部)
ボディーの96%をアルミで作るとなると、ルノーの開発陣は相当苦労した事でしょう。
なにしろアルミは溶接できないし、強度は劣るし、他の金属と接続すると電解腐食が起きるからです。
ですのでビスを全く使わず、リベットと接着剤で金属同士を結合している様です。
この場合溶接ロボットも使えないので、組み立ては殆ど手作業ではないでしょうか。
となると新アルピーヌA110は、クルマの形をしたアルミの工芸品と呼べるかもしれません。
アルミ製ボディーは本当に軽いのか
恐らくアルミ製ボディーと聞けば、どなたも鉄製のボディーと比べて、断然軽くなると思われる事でしょう。
なぜならば、アルミの重さは鉄の1/3なのですから。
ですが、アルミで鉄と同じ強度にしようとすると、結局体積は3倍近くになり、重さは殆ど変わらないのです。
そう言うとそれは純粋のアルミの話で、ジュラルミンなどのアルミ合金はもっと強度があると思われるかもしれません。
ですが鉄の場合も、当然ながら純鉄をクルマに使う筈もなく、鋼や高張力鋼板など使って強度を上げているのですから同じ事です。
それでもやっぱりアルミの方が簡単に軽くできると思われる方のために、面白い事例をご紹介したいと思います。
ダイビングをやられる方でしたらご存知かもしれませんが、ダイビング用の空気タンクにはアルミ製と鉄製の2種類あります。
この空気タンクは大気圧の200倍もの圧力を受けるので、とてつもなく頑丈にできています。
さてその空気タンクにおいて、同じ耐圧で同じ容量の鉄製とアルミ製ではどちらが重いでしょうか?
左からアルミ製8Lタンク、②アルミ製10Lタンク(14kg)、③鉄製10Lタンク(13.3kg)
ご推察通り、アルミ製タンクの方が重いのです。(詳細はこちら)
という訳で、ボンネットのカバーや扉の外側の様に余り強度の必要ない所でしたら良いのですが、強度が必要な個所はどうしても厚くなるので、そう簡単には軽くできないのです。
そしてもう一つ知っておいて頂きたいのが、先ほどお伝えしました様に(強度を同じに保つためには)アルミ製は鉄製の3倍の厚みを必要とする事です。
ですので先ほどの空気タンクの写真を見る様に、アルミ製は鉄製より一回り以上大きくなってしまうのです。
それをご理解頂いた所で、新アルピーヌA110の重量を他車と比べてみたいと思います。
新アルピーヌA110は軽いのか
先ず、新アルピーヌA110の重量は1110kg(モデル名と似ているのは偶然でしょうか?)です。
アルピーヌA110:1.8L/1110kg/4200mm
それに対して、直接のライバルとなるであろう2座席ミッドシップクーペのポルシェ718ケイマン(2リットルの水平対向4気筒ターボ)の重量が1390kgです。
ポルシェ718ケイマン:2.0L/1390kg/4385mm
排気量もボデイーサイズもケイマンの方が若干上なのですが、両車を比べると280kg(+25%)も差新アルピーヌA110が軽くなっています。
またFRと異なるレイアウトですが、同じく2座席のロードスターRF(2リットルの直列4気筒)の重量は1130gです。
ロードスターRF:1130kg/3915mm
こちらのボディーはアルピーヌA110よりかなり小柄ですが、重量はアルピーヌA110とほぼ同じです。
これからすると、ルノーの技術陣が苦労しただけあって、確かにアルミ製ボディーの軽量効果は認められます。
これは強度が必要なフレームは鉄と殆ど重さは変わらないものの、先ほどお伝えしたボンネット等の部分積み重ねで軽量化を達成したのでしょう。
ですが、我々一般人から見ると(どうせ買えないのに何ですが)、やっぱりわざわざ高価なアルミを使う必要があったのかと思わざるを得ません。
鉄とアルミの価格差
となると、次に知りたいのは、一体鉄とアルミではどれくらい価格が異なるかではないでしょうか。
比重が3倍異なるので、値段も3倍程度異なるのでしょうか?
ですが、恐らくそう聞かれて、即答できる専門家はまずいないでしょう。
なぜならば一口に鉄と言っても、ステンレス合金もあれば鋼もありますし、先ほどお伝えしました高価な高張力鋼板や鋳物もありますので、軽く10倍以上の差があります。
またアルミ合金も、添加する材料によって1000番系から7000番系と多種多様に存在し、下手をすれば数10倍の差があります。
ですので一般的な回答は、添加する金属によって異なるので一概には言えない、でしょう。
ですが、100倍や1000倍も価格が違うとは到底思えないので、どこかに近似値がある筈です。
だったらその近似値を弱小弊サイトは知っているのか訊かれれば、応えはYESです。
弱小貧乏サイトならではの方法で、簡単にその近似値を導き出せます。
偉そうな事を言ってしまいましたが、どうやって見積もるかと言えば、金属スクラップの価格で比較しようという訳です。
鉄とアルミの価格差はスクラップの価格から推測できる
現在、鉄のスクラップ価格は、(これも不純物の入り方でかなり幅があるのですが)現在の市場相場で20円/kg前後で、アルミ(これも高価なレアメタルが入っていると分かれば値段が跳ね上がるのですが)が120円/kg前後です。
また金属スクラップの大部分はクルマです。
ですので、クルマに使われる鉄とアルミの価格差は凡そ6倍と思って頂いて大きな間違いではないでしょう。
ちなみに、同じ体積ならばアルミは鉄より2倍高い事になります。
この6倍ものコストを考えると、仮に多少ボディーが軽くなったとしても、はたしてコストに見合う効果があったかどうか、甚だ疑問と言わざるを得ません。
恐らく日本のメーカーでしたら、たとえ話題性のあるプレミアムスーパーカーだとしてもコストに見合うメリットがないとして、恐らくアルミボディーの使用を断念(却下)した事でしょう。
これを許可した(ゴーン元会長を含め)ルノーの経営人に拍手です。
恐らくルノーとしては、どうしてもフランスを代表する粋なスーパーカーが欲しかったのでしょう。
アルミ製ボディーの利点
ところで、実はボディーをアルミにする事で、もう一つとてつもなく良い事があるのです。
それは先ほどお伝えした様に、アルミで鉄と同じ強度にしようとすると、体積が3倍になるのに大きく関連します。
もし体積が3倍になると、剛度が一気に増すのです。
具体的には、もしアルミの厚みが1mmから3mmになると、その剛度は何と27倍(3倍の3乗)にもなるのです。
そんなになる訳がないと思われるでしょうが、それを簡単に実感できます。
例えば、厚さ3mmの薄いベニヤ板ですと手で簡単に曲げたり折ったりする事ができます。
ところが、厚さ9mmのカマボコの板だと、折る事はおろか、手では全く曲げる事ができなくなる事から納得して頂けるのではないでしょうか。
ただし元々鉄の強度はアルミより3倍高いので、1mmの鉄板を3mmのアルミ板にした場合、アルミ板の剛度は鉄板の9倍になります。(詳細はこちらへ)
ですので、間違いなくアルピーヌA110のフレーム剛性は、他車より9倍ほど高い世界最高峰と断言できます。
これによってサスペンション(4輪ダブルウィッシュボーン)が設計通りの動きをしてくれますので、デコボコした道でもカーブでもタイヤが地面に対して均等に当たる様になります。
この特性は、間違いなく大いに評価できます。
アルミ製ボディーの弱点
これで終われば、めでたしめでたしなのですが、そうはいかない所が弊サイトの悪い所です。
光のある所に影があり。
先ほど新アルピーヌA110のフレーム剛性は他車より数倍高いとお伝えしましたが、それは両刃の刃でもあるのです。
それは、剛性が上がった事により、衝撃に弱くなるからです。
特にアルミの場合、溶接はできませんし、叩いたり、延ばしたり、曲げたり、熱したりすると、すぐに変形したり亀裂が入ったり溶けたりと、板金工泣かせの材料なのです。
ですのでもしうっかりぶつけて、万一フレームにダメージでも与えたら、最悪の場合全損になる可能性もあるのです。
ですので、オーナーの方にくれぐれも追突事故にはご注意下さい、などとは決して言いません。
何故ならば、この手のクルマのオーナーは、当然免責無しの高い車両保険に入っているからです。
ですので、むしろ伝えるべきは、自動車保険会社に対してで、新アルピーヌA110の車両保険はスチール製車両の3倍は高くするべきだ、とアドバイスしたいくらいです。(恐らく保険会社もそれはお見通しで、A110の車両保険は年間数十万円は間違いないでしょう)
更に問題は、我々平民です。
うっかり新アルピーヌA110に追突でもしたら、とんでもない事になりかねません。
もし街でこのアルミの工芸品を見かけたら、半径10m以内には決して近づかないことです。
まとめ
アルミ製ボディーの弱点を知って頂いた所で、そろそろまとめです。
①新アルピーヌA110は、その名称とスタイルから単なる復刻モデルと思われてしまうが、実は総アルミボディーを採用して軽量化に挑戦した、かなり意欲的なモデルである。
②これにより確かに軽量化が図られており、1.8Lの極々一般的なターボエンジンながら、0-100km/h加速で4.5秒を達成している。
③この加速性能は、競合車の2.0Lのターボエンジンを搭載したポルシェ718ケイマンの4.7秒を凌ぐ性能である。
④ただしエンジン出力(馬力)の差は歴然(アルピーヌが252PSで、ケイマンが350PS)で、最高速度(アルピーヌが250km/hで、ケイマンが275km/h)ではケイマンが上。
⑤なおアルミ製ボディーにした事で、剛性は大幅にアップするものの、衝撃には弱くなり、さらにアルミボディーは板金修理が非常に難しいため、追突事故にはくれぐれも注意する必要がある。
長々とお付き合い頂きましたが、本書がお役に立てば幸いです。
アルピーヌ A110復活