細いタイヤはなぜ出だしが軽いのか
(細いタイヤはなぜ空気圧が高いのか)
2020/05/31: 発行
目次
1. はじめに
何方もご存知だと思いますが、スポーツタイプの自転車はママチャリより細いタイヤを履いています。
スポーツタイプの自転車のタイヤは細い
その理由は何かと尋ねられれば、恐らく100人中100人の方が速く走るためだと答えられる事でしょう。
実際同じ人が乗っても、ママチャリより明らかに早く走る事ができますし、走り出しの一漕ぎでも、ペダルが軽いのが分かります。
ですが、本サイトがしつこく述べています様に、タイヤが細くなってもグリップ(摩擦力)は変わらないので、路面からの抵抗が減って速くなる事はありません。
では一体なぜ、タイヤが細いと速く走れるのでしょうか?
今回はそれらの謎に迫ってみたいと思います。
2. タイヤの空気圧
それでは先ず、タイヤの空気圧から調べてみたいと思います。
自転車乗りでしたら当然ご存知でしょうが、下の表にあります様に細いタイヤほど空気圧は高くなります。
タイヤの太さ | 空気圧 | 質量 | 用途 |
---|---|---|---|
23C | 105PSI | 380g | ロードバイク |
25C | 100PSI | 400g | ロードバイク |
28C | 95PSI | 440g | クロスバイク |
32C | 80PSI | 540g | クロスバイク |
35C | 75PSI | 790g | ママチャリサイズ |
37C | 70PSI | 1020g | ワイド系 |
何故なのでしょうか?
ネットで調べてみると、細いタイヤほどタイヤの容量が小さくなり、太いタイヤと同じ空気圧では人が乗ると潰れてしまうからと書かれています。
という事は、細いタイヤほど空気圧を高めて、太いタイヤと同じ量の空気を入れているのではないでしょうか。
という訳で、早速細いタイヤと太いタイヤの空気量を調べてみます。
3. タイヤの太さと空気量の関係
空気量は、当然ながらタイヤの容積に空気圧を掛ければ求められます。
正確に言えば、温度が一定で空気が理想気体の場合という条件で単位はモルになるのですが、ここでは空気の絶対量ではなくあくまでも量を比較できれば良いので、単位も直さずそのままタイヤの容積に空気圧を掛けて計算してみます。
また自転車のタイヤは、綺麗なドーナツ形状だとして容積を計算し、それに空気圧を掛けたのが下の表になります。
タイヤの太さ | 小直径 | 大直径 | 容積 | 空気圧 | 容積x空気圧 |
23C | 23mm | 700mm | 914cm3 | 105PSI | 95936cm3・PSI |
25C | 25mm | 700mm | 1079cm3 | 100PSI | 107949cm3・PSI |
28C | 28mm | 700mm | 1354cm3 | 95PSI | 128640cm3・PSI |
32C | 32mm | 700mm | 1769cm3 | 80PSI | 141491cm3・PSI |
35C | 35mm | 700mm | 2116cm3 | 75PSI | 158685cm3・PSI |
37C | 37mm | 700mm | 2365cm3 | 70PSI | 165516cm3・PSI |
この表をご覧頂きます様に、見事に外してしまいました。
上の表の一番右の列が空気量を表しているのですが、計算してみると一定ではなく、下のグラフにあります様に太いタイヤほど空気量も多いとの結果になりました。
何故なのでしょう。
間違いなく空気量は一定になると信じていたのに、よもやこんな結果になるとは。
4. 細いタイヤの空気圧が高い理由
細いタイヤほど空気圧を高くするのは、何かしら理論的(物理的)な理由がある筈なのですが、その理由が分かりません。
そんな事は然程(さほど)重要ではないと思われるかかもしれませんが、実は細いタイヤが速く走れるのは、この空気圧が大きく影響しているのです。
ですので、その理由も分からず細いタイヤほど早く走れると言っても、何の説得力もありません。
ネットで更に調べても、メーカーの推奨値がそうだから、といった記述しか見当たりません。
ですが、確かに細いタイヤですと空気圧を上げなければ、人が乗ると潰れる様な気がします。
かれこれ数日悩んだ末、ようやく思い付きました。
もしかしたら、パスカルの原理(密閉された流体の圧力はすべて一定となる)により、タイヤの表面積に空気圧を掛けたら一定になるかもしれない。
そう思い立って計算したのが、以下の表になります。
タイヤの太さ | 小直径 | 大直径 | 表面積 | 空気圧 | 表面積×空気圧 |
23C | 23mm | 700mm | 159cm² | 105PSI | 16685cm²・PSI |
25C | 25mm | 700mm | 173cm² | 100PSI | 17272cm²・PSI |
28C | 28mm | 700mm | 193cm² | 95PSI | 18377cm²・PSI |
32C | 32mm | 700mm | 221cm² | 80PSI | 17686cm²・PSI |
35C | 35mm | 700mm | 242cm² | 75PSI | 18135cm²・PSI |
37C | 37mm | 700mm | 256cm² | 70PSI | 17894cm²・PSI |
すると、見事にビンゴです。
上の表の一番右の列がタイヤの表面積に空気圧を掛けた値なのですが、見事に一定ではないですか。
とは言いながら、これをグラフにすると以下の様に綺麗な一直線とはいきませんが(平均値が17675で標準誤差が251)、これを一定と呼んでも大きな間違いではないでしょう。
タイヤの太さとタイヤの表面積×空気圧の関係
ちなみに表面積に空気圧を掛けるという事は、タイヤが内側から受ける力の総和を表しています。
それが一定だから、細いタイヤでも太いタイヤでも、同じ重さの人が乗って潰れないのです。
分かってしまうと簡単な事でした。
ちなみに23Cの表面積×空気圧である16685cm²・PSIを、お馴染みのMKS単位に変換すると、1169kgf(=16685cm²・PSI×(0.07kgf/cm²)/PSI)となり、約1トン重の力で内側から押されている事になります。
ただし大気圧によって、外側から164kgf(=159cm²×1.033kgf/cm²)の力も受けています。
5. 細いタイヤは固い
細いタイヤの空気圧が高い理由が分かれば、あとは簡単です。
細いタイヤは空気圧が高いので、太いタイヤより同然ながら固くなります。
固いという事は、当然ながら変形し難いという事です。
では、タイヤが固くて変形し難いと、どうなるのでしょう。
そこで登場するのが、下の絵です。
これは、 日本自動車タイヤ協会が作成したクルマのタイヤに掛かる抵抗を表した図ですが、当然自転にも当てはまります。
ご覧の様にタイヤに掛かる抵抗は、①接地摩擦、②空気抵抗、③タイヤ変形の三つです。
この内②の接地摩擦は、タイヤの太さに関わらず一定です。
次に③の空気抵抗については、前面投影面積に比例し、更に速度の2乗に比例して大きくなるもの、時速50km以下で走っている内は大差無いと言えます。
そして①のタイヤの変形ですが、これはタイヤの空気圧が低いと、てき面に大きくなるのです。
そしてペダルの漕ぎ初めに感じる重さが、正にこのタイヤの変形に伴う抵抗なのです。
6. 一輪車の話
とは言え、タイヤの変形がそんなに効くのかと思われる方に、取って置きの話をここでさせて下さい。
それは昔経験した一輪車(手押し車)の話です。
タイヤの空気が抜けると動かない一輪車
ご存知の通り、一輪車とは農作業等で重い荷物を運ぶアレです。
その昔重い荷物を運ぶのに一輪車を使ったのですが、暫く使っていないため、空気が半分以上抜けていました。
それでも担いで運ぶよりはましだろうと思い、荷台に荷物を載せて動かそうと思ったのですが、飛んでもなく重いのです。
その際、タイヤの挙動を見て思ったのですが、この動かすのが重い理由は摩擦とか何とかではなく、ゴムを変形させる負荷だとつくづく思い知った次第です。
もっと具体的に言うと、地面に触れてタイヤの潰れた個所を、潰れていない個所に移動させるための負荷だと言えば分かって頂けるでしょうか。
粘弾性体
この部分を、もっとアカデミックに(シツコク)ご説明しても宜しいでしょうか。
ゴムは弾性体だと思っている方が多いのですが、実は粘弾性体なのです。
バネは弾性体ですので、押した力とほぼ同じ力で復元します。
ところがゴムの場合は、押した力より少し減った力でしか復元しません。
これは、受けた力の一部が熱になってゴムに吸収されてしまったからです。(これをヒステリシスロスと呼びます)
すなわち、ゴムには粘土の様に力を吸収する性質もあるのです。
これを先ほどの一輪車に当てはめると、潰れたタイヤを回転させるのは、(少々オーバーかもしれませんが)粘土でできたタイヤを回転させる様なものなのです。
これがどんなに重労働か、分かって頂けるのではないでしょうか。
実際クルマの場合でしたら、空気の減ったタイヤと少し空気圧を高めたタイヤですと、燃費が2割から3割くらい平気で変わる事からも、このタイヤの変形の負荷がどんなに大きいか分かって頂けると思います。
ですので、タイヤメーカーは諦めた様ですが、もし空気の漏れないタイヤができたら、間違いなくノーベル賞ものです。
話が逸れてしまいましたが、細いタイヤが速く走れるのは、空気圧が高いが故にタイヤの変形による抵抗が少ないからなのは間違いありません。
7. 細いタイヤだから速く走れるのか?
通常であれば、これでお終(しま)いなのですが、最後にもう一つお伝えしたい事があります。
先ほど、細いタイヤが速く走れるのは、空気圧が高いが故にタイヤの変形による抵抗が少ないからとお伝えしました。
そう聞いてオヤと思われませんでしょうか?
そうなのですが、速く走れるのは、タイヤが細いからではなく、空気圧が高いからなのです。
ですので、たとえ太いタイヤであっても、細いタイヤと同じ空気圧にすれば、細いタイヤと同じ様に速く走れ、乗り心地も悪くなります。
8. まとめ
それではまとめです。
①細いタイヤの空気圧が高いのは、タイヤが内側から受ける力の総和を太いタイヤと同じにして、人が乗っても潰れない様にするためである。
このため、タイヤの表面積に空気圧を掛けた値は一定になる。
②細いタイヤが出だしが軽く速く走れるのは、空気圧が高いためタイヤ変形による抵抗が少ないためである。
③このため、太いタイヤであっても空気圧を高めれば出だしが軽くなり、速く走る事ができる。
なおここまで分かってくると、競技者の体重あるいは競技コースの環境によって、どんな太さのどんな空気圧のタイヤが良いか分かってきます。
近々にそれらについて記事にしてみたいと思いますので、お暇な折にまた覗いてみて頂ければ幸甚です。