小学生でも分かるトルクと馬力の話
(本当に早いクルマとは?)
第22章:実用編Ⅱ
(現代版羊の皮を被った狼を、数値から求める)
22-1. 羊の皮を被った狼
前章の表において、高価なクルマは確かにデータ上も速いのですが、全く速そうに見えないクルマでも意外に速い場合がある事が分かってきます。
例えばトヨタのブレード(写真右 )は、マーケッティング上はほとんど目立たないプレミアム2BOX車なのですが、フェアレディーZに迫るTWRになっており、多少滑りやすい路面でしたら、FFの分恐らくこちらの方が速いのではないでしょうか?
その昔スカイラインが羊の皮を被った狼と(レースのイメージから)呼ばれていましたが、現代ではこの様なクルマがそう呼べるかもしれません。
22-2. 国産最速FF車
さらにこれまた一見普通の2BOX車(写真右)なのですが、なんとフェアレディーZよりもTWRの優れた国産FF車があります。
FFハッチバックに何と2300ccの直噴ターボエンジンを搭載したクルマ、なんだか分かりますか?(答えは最終章に)
FFスポーツカーと言えばどなたもCIVICのタイプRを思い浮かべるでしょうが、峠では間違いなくこの無名FF車の方が早く、恐らく4WDスポーツカー以外追いつけないでしょう。
また実際にこの様なクルマを、人知れず操っているドラバーにも興味をそそられます。
FFの国産車で最も早いクルマは、間違いなくこれです。
2.2Lクリーンディーゼル搭載アクセラスポーツ XD(175PS/42.8kgf・m)
と今までは書いていたのですが、2015年末に抜かされてしまいました。
誰に抜かされたかと言えば、何とあのCIVIC タイプRです。
VTEC2000ccターボ搭載CIVICタイプR(310PS/40.8kgf・m)
よもやホンダの関係者が本書を見ていたとは思えませんが、CIVICタイプRは間違いなくアクセラスポーツ XDを意識しています。
アクセラスポーツ XDとCIVIC タイプR(いずれも赤丸)のTWRとPWRの散布図
なぜならば、アクセラスポーツ XDのTWRは33.9なのに対して、CIVICタイプRのそれは33.8と0.1ポイントの差しかありません。
実は以前、これと同じ事がありました。
2012年に鳴り物入りで発売されたトヨタ86のTWRが58.9だったのですが、その後発売されたマイナーチェンジ後のCR-ZのTWRは58.8でした。
いずれにしろ従来は高回転エンジン一辺倒だったホンダが、高トルクエンジンに舵を切ったのは称賛に値します。
2015/11/25のニュルブルクリンクにおいて、CIVICタイプRが出したFF車最速の記録(7分50秒63)はダテではなさそうです。
22-3. トヨタ86/スバルBRZは本当に早いのか?
トヨタ86/スバルBRZを前章のリストにアップしてみました。
期待されている方には甚だ申し訳ないのですが、エンジンのプロファイル(傾向)がホンダS2000に非常に似ているのが気になります。
ボア(ピストン内径mm)×ストローク(ピストン行程mm)を比べてみると、ハチロクが86×86に対して、初期S2000が84x87(後に84x91まで拡大)と僅かとは言えショートストロークです。
という事は、ATであればで多少補えるかもしれませんが、どうみてもハチロクの低速トルクは、初期のS2000と同等もしくはそれ以下で、街乗りではかなりツライのではないでしょうか。
折角若者向けのスポーツカーを標榜するのであれば、本来ならばこの低速トルクを補強するべきだと思うのですが、若者への試乗モニターは行われたのでしょうか?
広報資料によれば、”最低重心、自然吸気、高回転(7000回転以上)、リッター100馬力達成、ニュルブルクリンクでは度重なるテスト走行”、とありこれはどうみてもS2000と同じコンセプトで、年配者が考える一昔前の若者向けキャチコピーでしかありません。
さらに開発主査のコメントとして、”ハイパワーターボ、4WD、ハイグリップタイヤを否定するところから開発に着手した”という事や、2000GTのサイドビューをコピーしたりと、やはり年配者のノスタルジー(青春回顧)を満足させるために生まれたのは間違い無い様です。
ニュルの様な特殊なテストコースでプロドライバーが0.1秒を縮めるのではなく、普段の街乗りでも気楽に他車と異なる加速感とFR独自のハンドリングを味わえるトルク重視になぜしなかったのか、甚だ疑問です。
残念ですが、恐らくこれに乗るのは、キャッチコピー通り昔のスポーツカーを懐かしむ(後輪駆動こそがスポーツカーだと信じ切っている)年配者の方が多いのではないでしょうか?
また散布図からも明らかな様に10年前のモデルあるS2000と比べても最高速も加速度も劣っていますので、一般道でもサーキットでもS2000の後塵を拝するのは間違いありません。
22-4. トヨタ86 VS ホンダS2000
と、散々憎まれ口を叩いてしまったのですが、実際にトヨタ86とホンダS2000のエンジン性能曲線を比較して、思わぬ事が分かりました。
左のグラフは、S2000の前/後期モデル2機種とハチロクとのエンジン性能曲線を重ね合わせたグラフです。
少々線が重なって分かり難いのですが、赤系のグラフがハチロクの馬力とトルクです。
これをご覧になると、真っ先に馬力の差が気になるかもしれません。
何と言っても、初期型S2000のエンジンは、市販エンジンでありながら9000回転近くまで回って、馬力が250PSにも達しそうな勢いなのに対して、ハチロクは7000回転の200PSしかありません。
がしかし、それらは信号機が1本も無い(高回転が維持できる)サーキット、もしくは速度規制の無い高速道路にでも行かない限り、さほど重要ではありません。
注目なのはハチロクのトルクカーブです。
赤矢印で示します様に、ハチロクのトルクが3000回転付近で20kgf・mに一旦盛り上がって、4000回転で落ち込んでいます。
通常でしたら、なぜここでトルクをわざわざ膨らませているのだ、或いはなぜ4000回転で落ちているのかと訝(いぶか)る向きもあるもかもしれませんが、むしろこの3000回転でトルクを膨らませたのは非常に高く評価したいと思います。
この理由は明らかで、一般道で多用する3000回転のトルクを増やし、(さほど使わない4千回転での落ち込みを犠牲にしてでも)通常走行時の運転し易さ(加速性)を高めたためです。
いまどきのファミリーカーでもこの回転領域でしたら18kgf・m前後のトルクがありますので、もしも似た様なトルクでしたら、日常走行ではスポーツカーモドキと呼ばれたかもしれません。
ボアとストロークの比を変えずに低域のトルクを上げるのは至難の業だと思うのですが、ここまで達成したスバルの技術者に拍手を送りたいと思います。
という訳で、少なくとも86は、S2000初期型にあった問題点(低速のトルク不足)について、かなり意識して対策を講じたたのは間違いない様です。(発売が遅れたのもこのせいかもしれません)
これは上記しました、86のトルクカーブ(赤色)とそれを挟んだ前期後期のS2000のトルクカーブ(茶色と紫色)を見比べて頂ければ、納得して頂けると思います。
22-5. マツダCX-5
続いて最新のクリーンディーゼルを搭載したCX-5です。
勝手にエクストレイとほぼ同じなのだろうと思っていたのですが、表1に追加して驚きました。
何とトルクウェイトレシオの順位で、あのポルシェ911まで抑えて堂々の7位に入ってきました。
更に4000cc並みの最大トルク(42.8kgf・m)がたったの2000回転で発生しています。(という事は、高速道路なら5速のまま楽々加速できるという驚異的な数値です)
ここまで読まれた方でもトルク42.8kg・mと言われてもピンとこないと思いますので、分かり易く(?)昔し懐かしいスーパーカーで例えると、カウンタックLP400のトルクが36.8kgf・mですので、それよりも16%も大きいのです。
またカウンタックの重さは実際には1600kg以上あった事を加味すると、このクルマでスーパーカー並みの加速を味わえるのですから、どれほど凄い事か大凡分かって頂けるのではないでしょうか?
もっと驚きなのは、これほど大きなトルクでありながら、ロックアップ領域を拡大した6速ATまで備えており、更に後述するTSCとDSC、及びディーゼルでありながらアイドリングストップ機能搭載で、リッター20kmを達成しています。
CX-5の試乗レポートは既にいくつかの雑誌に記載されていますが、どうしてこういう大事な情報が特徴として述べられないのか不思議でしょうがありません。
中には以下の様な記事もあり、”ディーゼルを忘れてしまうよう”ではなく、元からディーゼルを知らないのだろうと思えるものさえあります。
月刊自家用車(2011年12月号)引用
試乗は比較的タイトなコーナで構成されたサーキットで行われたが、限界走行だけでなくハイアベ山岳路走行や一般走行を模した運転パターンも試してみた。 面白いのは2Lガソリン仕様も2.2Lターボディーゼル仕様も、走り方や状況で大きく特性を変えないこと。神経質な挙動はなく、限界付近でも余裕十分な状況でも常に穏やかで落ち着きのあるコントロール性を維持する。
(中略)
流行りの環境ディーゼルの中でも最もディーゼルのハンディを感じさせない。ざらつきの感の少ないエンジンフィールも魅力の一つだが、5000回転を超えて綺麗に回る高回転の伸びの良さが何よりの長所。全開加速でも頭打ち感が少なく、ディーゼルを忘れてしまうほど。
また多少起伏のある程度のサーキットで、どうやったら”ハイアベ山岳走行を模した運転”が可能なのかも是非教えてほしいものです。
更に以下の様に”ターボ”だの”高回転”だのと、かなり的外れな試乗レポートもあり読んでいて恥ずかしくなります。
ターボならではの力強さもあり、市街地から高速や山岳路まで柔軟で扱いやすい。
5000回転を超えても伸びやかな加速感を保ち、運転感覚はガソリン車と遜色ない。
5000回転を超えても伸びやかな加速感を保ち、運転感覚はガソリン車と遜色ない。
それはともかくとして、ここまでくればこのSUVは、もはやスポーツカーを凌駕していると言っても過言ではないでしょう。
気持ちの若い年配の方にはハチロクに乗って頂くとして、このサイトをご覧になられるクールな方には是非こちらを選択して頂きたいと思います。
これであればZはおろか、ランエボクラスも十分射程距離に捉える事が出来るでしょう。ただし重心が若干高いというハンデがあるので、高速の登板道でさり気なく追い抜くのはいかがでしょうか?
2000回転でランエボと同じ最大トルクですので、3%程度の坂道でしたらアクセルを軽く踏むだけで一気に抜けるかもしれません。(恐るべし)
22-6. CX-5ディーゼルを買うなら迷わず4WD
以前本サイトの読者からCX-5の購入を考えているのだが、FFと4WDはどちらがお勧めかとの質問を頂きました。
その際はコストパフォーマンスからすればFFが妥当でしょうが、もし資金に余裕があればトルクを分散できる4WDと回答しました。
ただし今は迷わず4WDを推します。
理由は、最近になってCXー5は全車に横滑り防止装置(DSC)とトラクションコントロールシステム(TCS)を備えているのを知ったからです。
この2つのシステムを揃えているという事は、誰でもいつでもどこでも4WDにおけるトラクションのメリットを安全に且つ最大限に楽しむ事ができるからです。
すなわち、雪道で突然限界を超えて滑りだす事もありませんし、うっかり高速のジャンクションにオーバースピードで飛び込んでも怖い思いをしないで済みます。
またFFの重量が既に1.5トンを超えていますので、重量税がFFと4WDで変わらないという点も挙げられます。
CX-5のディーゼルを買うのでしたら、迷わず4WDです。
また同時にアクセルを本気で踏み込むとFFの場合ホイールスピンしないかとも尋ねられたのですが、TCSが標準との事ですので無駄なホイールスピンはしないと断言できます。
22-7. トヨタ86(スバルBRZ)対CX-5
このサイトの記事を先頭から読んで頂いた方なら、トヨタ86とCX-5が競争したら、CX-5の方が格段に早い事は十分認識して頂いていると思いますが、エンジン性能曲線からも確認しておきましょう。
エンジン出力そのまま比較 CX-5のエンジン回転数を2倍に変更
左のグラフはCX-5とトヨタ86のエンジン性能曲線を1枚に重ねたものです。
常用域である2000~3000回転のトルクがトヨタ86の2倍ですので、車重の差を考慮してもCX-5の加速度は間違いなくトヨタ86の2倍と断言できます。
ただし高回転エンジン派の方から、こう言われるかもしれません。
常用域ならそうかもしれないが、86は7000回転(一方CX-5は5000回転)まで回せるのだから、リミットまで回せば86の方が断然速い。
ならば比べてみましょう。
確かにトルクはギヤ比によって自由に変更可能ですので、4-3項で述べました様に、CX-5のエンジン直後に仮想ギヤを付けてトヨタ86の様に7000回転まで回るように換算したのが右のグラフです。
これを見て頂ければ、確かにCX-5の最大トルクは下がるものの、それでもCX-5の方がトルクが大きい(加速が良い)のが分かって頂けると思います。
上記(右図)はCX-5の出力をトヨタ86に合わせてみましたが、もちろんトヨタ86のギヤ比をいくら変えてもこの傾向は変わりません。
すなわちギヤ比をどう変えても、加速性能はスポーツカーのトヨタ86よりディーゼルのCX-5の方が優れているのです。
ただし一般の方々は、自動車雑誌等の記事によって、当然ながらトヨタ86の方が断然早いと思われるのでしょう。
とは言え全く同時期に、以下の様に両極端の2車が発売されたのも、多少因縁じみたものを感じずにはいられません。(もしかしたらマツダが故意に86にぶつけてきた、と思ったら考え過ぎでしょうか?)
極めてコンベサバティブ(保守的)な馬力重視のハチロク(BRZ)
VS
極めてイノベーティブ(革新的)なトルク重視のCX-5
VS
極めてイノベーティブ(革新的)なトルク重視のCX-5
もしCX-5が予想外に売り上げを伸ばしたとしたら、日本人のクルマ感が、少しずつ変わってきたと言えるかもしれません。
いつかこれを証明するため、両車の0-100kmとサーキット走行を公開の場で比較して貰えないものでしょうか?
これで実際に逆転する姿を見れば、一昔前にGTRがポルシェを抜いた様に、日本ではエポックメイキングな出来事になるかもしれません。
前段でル・マン24時間耐久レースにおいて、この数年ディーゼル車が上位を独占している事をお伝えしましたが、そう言うとル・マンは耐久レースで、短距離ならばやはりガソリンエンジンだと言われる方も居るかもしれません。
しかしながら、ここ一番の瞬発力(加速)が重要なル・マンの予選レースにおいてさえも、ディーゼル車の独擅場である事からも、そのポテンシャルの高さを分かって頂けると思います。
22-8. ディーゼルエンジンは頭打ち感が強い?
良くディーゼルエンジンはガソリンエンジンと比べて許容回転数が低いため、頭打ち感が強い(スピードが伸びない)と言われますが、これも全くの誤解です。
例えばここに6,000回転まで回るガソリンエンジンを搭載したクルマがあったとします。
ギヤを一速に入れて6,000回転までまわしたら、どうなるでしょう。
それこそアッというまに6,000回転まで達してしまい、それこそ頭打ち感(スピードが伸びない)を感じる事になります。
次にギヤを3速に入れて6,000回転まで回すと、徐々にスピードがアップして、気持ちの良い加速感を味わえる事になります。
では3,000回転まで回るディーゼル車ではどうなるでしょう。
ディーゼルの場合、トルクがガソリンエンジンよりはるかに大きいため、ギヤを3速に入れても一気に3,000回転まで到達してしまい、(ガソリン車の1速と同様に)頭打ちを感じるという訳です。
それでは次にギヤを5速にして3,000回転まで回したらどうなるでしょう。
そうです。
ガソリン車の3速と同様に、気持ち良く加速するという訳です。
異なるエンジン特性のものを、同じ条件で比較するから、この様な間違った迷信が生まれるのです。
22-9. ホンダの逆襲
前段でS2000の問題点(低速トルクの無さ)を指摘しましたが、いよいよホンダがその教訓を活かした次期スポーツカーを作ってくれる様です。
くどい様ですが、S2000の様にサーキット場でいくら速くても、街乗りでも峠でも遅いクルマをスポーツカーと呼べる訳がありません。
そのプロローグこそCR-Zです。
ホンダのハイブリッドシステムであるIMA(Integrated Motor Assist)システムは、燃費改善効果からするとトヨタのハイブリッドシステムより多少見劣りするものの、単に高回転エンジンの低速トルクを補うのであれば、小型で軽量な分理想的なシステムです。
すなわちスポーツカーにおいては、理想的なハイブリッドシステムとも言えます。
ですから、現行CR-Zはまだインサイトのクーペ版程度の動力性能ですが、これから本物の(街乗りでも峠でも速い)ホンダスポーツカーの登場が期待できると言う訳です。
フルスロットルでモータの全出力を付加できるという次期CR-Zの走りが今から楽しみです。
この場合、(何馬力モーターで上乗せされるではなく)低速域で数kgfトルクが増えれば、劇的に街乗りの楽しさがアップします。
新CR-Zが発表された様なので、写真をアップしておきます。
新CR-Zのトルクウェイトレシオ(58.8)が、トヨタ86(58.9)を僅かに超えたのは偶然でしょうか?
22-1. 羊の皮を被った狼/第22章: 実用編Ⅱ