小学生でも分かるトルクと馬力の話
(本当に早いクルマとは?)
第19章:テクニック編Ⅰ
(段差を華麗に乗り越える方法とは?)
19-1. 段差(凸)の超え方
お待たせしました。物理現象が分かった所でこれからいよいよテクニック編です。ダートコースでのテクニックなのですが、運転中に突然道路を横切る高さ数cmの段差(凸)がありました。
さああなたならどうしますか?
①そのままのスピードで走行する。
②段差の直前で一瞬ブレーキを踏んで、そのまま進む。
③段差の前で十分減速して、ゆっくり進む。
④段差の前で加速して、一気に進む。
理想を言えば③が一番良いのは誰でも分かると思いますが、直前だと減速にも限界があります。
また④の場合、思いっきり段差にぶつかっていく事になりますので、どうみてもクルマに一番悪いのは、誰にでも容易に想像できると思います。
問題なのは、選択肢が限られるなか、いかにすればクルマへのダメージを少なくして段差を早く乗り超えられるかです。
残るは①と②ですが、若干②の方がスピードを落とすものの、さほどクルマへのダメージの差はないので、そのままのスピードでいくべき(すなわち①)だと思われませんか?
ところが、答えは②で、こちらの方がクルマへの衝撃をかなり和らげてくれるのです。
理由は、先ず走行中に一瞬ブレーキを踏むとノーズダイブ(フロント部が沈み込む現象)が発生します。するとフロントのバネが圧縮され、次の瞬間ブレーキを離すと、その反動(圧縮されたバネが伸びて)でフロント部が浮きます。
ブレーキを一瞬踏んで離すとフロント部が浮く
その状態で段差を抜けると、前輪のフロント荷重が軽減されていますので、クルマへの衝撃が緩和されるという訳です。
さらにFR車の場合、14-1. 発進時にクルマ後部が沈むのはなぜ?にて述べました様に、アクセルを踏めば更に前輪荷重が軽くなりますので、より前輪へのショックが防げる事になります。
なおFF車の場合、既に前輪(駆動輪)の荷重が低下している事から、FR車ほど大きなリフトアップは望めません。
19-2. カーブを早く走る方法
次にとっておきの走行テクニックをご紹介しましょう。
例えば夜の首都高で、2台の似たクルマがバトルを繰り広げていたとします。
直線ではただアクセルを踏み込むだけですので、さほど差はでないのですが、問題はカーブです。
目の前に迫るカーブの直前で、いかに恐怖に耐えてスピードを殺さないで曲がり切るかが勝負の分かれ目になります。
この場合滑り難い(トラクションの高い)4WD>FF>FRの順でコーナリングスピードが高いのですが、前述しました様に4WD、或いはFFは限界を超えると突然滑り出すので、それが怖くてなかなか限界のかなり手前のスピードで曲がらなくてはいけません。
これをもし限界ギリギリのスピードでコーナリングできたら、格段に早く走れるのは間違いありませんが、サーキットの様に何度も同じコースを走って徐々に限界スピードを上げて確認できない限り、プロのドライバーでも難しいものがあります。
ところがその未知のコーナを、常に限界ギリギリのスピードでコーナリングする方法があるのです。
前置きが長くなってしまいましたが、それは”横滑り防止装置(ESC)”です。
オイオイそれはテクニックではなく、クルマの安全装置ではないかと言われると全くその通りなのですが、その装置の特性を正確に知って有効に使う事と、カーブを信じられない程早く安全に走る事ができます。
それではその横滑り防止装置とは何かですが、一般的には雪道や濡れた路面でタイヤが滑って(クルマがスピンして)路肩にはみ出すのを防止してくれる装置程度にしか思われていないのですが、実際には舵角センサー、方向センサー、加速度センサー、各タイヤの回転スピード等の情報から、クルマが滑り始めの情報を人間が感知する前に入手し、人間が操るよりも適切に(滑る前に)修正してくれるシステムです。
このシステムは滑り易い路面の場合のメリットばかりが取り上げられますが、実は乾いた路面でも有効に働きます。
という事は高速走行で働きますので、これが付いているクルマでしたらあらゆるコーナをより早い(滑り出す直前の)スピードで安全に駆け抜ける事が可能になります。
表現には慎重にならなければいけませんが、仮にオーバースピードでコーナに侵入したとしても、この装置があれば滑る直前のスピードに自動的に抑えてくれるという訳です
ただし世の中に100%確実なシステムなどありませんので、無謀な運転を勧める訳ではありませんし、中にはこの様な装置より人間の感覚の方が上だと思われる方も居ると思いますので、どこまで信頼を置くかは読者の判断になりますが、一般に思われている以上に有効な装置である事は間違いありません。
実際メルセデスでは、(こんな装置は無い方が早く走れると思う方のために)この装置をOFFにするスイッチも付いている程ですが、筆者に言わせればこれをOFFにするのは愚かです。
メーカも安全装置としての宣伝しかしていませんが、この装置の実力を正確に認識して運転すれば、高額スーパーカーをいとも簡単にカーブで抜き去る事が可能です。
このシステムについてもう少しだけ具体的な話をすると、たとえ未知のカーブであっても、万一自分が意図した軌跡から外れる様な事があったら、自動的にクルマが必要な車輪に制動(もしくは駆動)を掛けて、飛び出さない様にしてくれるという訳です。
例えばですが、山道の直線で品悪く煽ってくるクルマに対して、カーブを曲がる度に差を広げる事ができ、相手のドライバーにはその速の理由が全く分からないという訳です。
4WD+高トルクエンジン+横滑り防止装置は、峠のサンデードライバーにとって絶対お勧めの組み合わせです。
自動車レースでこれが使われないのは、勝敗がクルマとドライバーの組み合わせではなく、タイヤと本装置の組み合わせになってしまうからです、というと言い過ぎでしょうか?
19-3. ドリフト走行は早いのか?
これはかなり知られている話ですが、コーナで後輪を滑らせて走るドリフト走行は、見ているとダイナミックで一見早い様に見えるのですが、滑らずに走るより明らかに遅くなります。
これはTVで自動車レースを見ていて、先頭集団でドリフトしながら走っている車両などない事からも簡単に納得して頂けると思います。
すなわち、早いクルマはコーナでもしっかりグリップをして安定して走行しているのに対して、遅いグルマほど限界を超えてしまいどたばたとドリフトしているのです。
またもしかしたらご存じかもしれませんが、映画007の撮影でロータスエスプリが登場した際、余りにグリップが良い事から、迫力のあるシーンを撮るのに苦労したという逸話もあります。
グリップの良いクルマは遅く見える
良く言われる事ですが、早いクルマほど遅く見え、遅いクルマほど早く見えるというのはこういった理由からです。
これはサーキットだけでなく、一般道でも言える事です。
ついでにもう一つ付け加えておきますと、ドリフト時にタイヤから白煙が上がるのから分かる様に、これによってタイヤ表面が焼け焦げて(ゴムではなく)炭になりますので、さらに滑り易くなり、ますます遅くなるという訳です。
タイヤに負担を掛ければ益々遅くなる
ただしもちろん例外もあります。
実際のレースにおいては、ここ一番という時に多少ドリフト(時間とタイヤを無駄に消耗)してでも、現在のレーンを維持して次のコーナで勝負するという事もあります。
19-4. コーナのライン取り
それでは次に、コーナを速く駆け抜けるにはどのラインが一番良いか考えてみましょう。
どのラインが最も早いのか?
恐らくそう訊けば大半の方が、上図の白のラインと答えるでしょう。
また実際大半の自動車雑誌にはそう書かれています。
でも本当にそうでしょうか?
良く考えてみて下さい。
例えば貴方が、トラック競技をしていたとします。
その場合わざわざ白のラインを選んで走りますか。
間違いなく赤いラインを走るでしょう。
ではなぜ白いラインが速いと言われているのでしょうか?
理由は簡単で、白いラインのカーブ(曲率)が一番緩やかで遠心力が小さいため、距離は長いもののその分スピードを落とさずに走れるからです。
すなわち、白いラインは直線に最も近いので、クルマにとってもタイヤにとっても、更にドライバーにとっても一番優しくて楽に走れるのです。
ですがちょっと待って下さい。
クルマにもタイヤにも人にも優しい(楽な)コース取りが、本当に一番早いのでしょうか?
例えばもしここに、全く同じエンジンを乗せた一般車と低重心のスポーツカーがあったとすると、コーナリング特性の優れたスポーツカーは赤いラインを目指して走ってこそ、その真価が認められるのではないでしょうか?
それともやはりスポーツカーも白いラインを走った方が速いのでしょうか?
皆さんはどちらが速いと思いますか?(答えは次の項の末尾に)
19-5. 上手な運転とは
上記の回答を述べる前に、上手な運転について少し触れておきたいと思います。
当然ながら、赤信号を一目散に駆け抜けていったり、頻繁に急発進/急ブレーキを使うのは論外としても、俺は運転には自信があるといって、コーナをタイヤを鳴らしながら走るのは上手な運転でしょうか?
良く言われるのは、助手席に乗ってドキドキさせるのは下手な運転、一方車線をスイスイ変えてこの人は運転が上手いんだなだなと思わせるのもやっぱり下手な運転、乗ってから下りるまで何も感じさせないのが上手い運転と言われています。
前々述の早そうに見えるクルマ程遅いのと同様、滑らかに走る事が、同乗者にストレスを与えず、且つ早くて燃費が良い運転を上手と言うのではないでしょうか。
という訳で、前段のどのラインが最も早く走れるかについては、運転が一番楽な白いラインが答えになります。
これについては、赤いラインと白いラインでクルマに加わる遠心力を計算で求め、さらにそれからタイヤが滑らない限界スピードを求めれば、スピードが遅い場合(人が走る程度で)は赤いラインが早く、スピードが乗れば乗るほど白いラインが早くなるという結果が求められると思いますが、本書では(計算が難しいので)割愛します。
それではこの章のまとめですが、以下でいかがでしょうか?
上手な運転とは滑らかに運転する事で、それは早く走る事と実は同意語である。
19-6. 雪道での運転テクニック
それでは、雪道走行において覚えておいた方が良いテクニックを、いくつかご紹介します。
乾いた路面ではめったに使う事はないでしょうが、雪道では覚えておいて損はないでしょう。
1)カウンター
これはクルマ好きな方ならどなたでも、ご存じでしょう。
例えば雪道の右コーナーを曲がろうとして、一瞬リヤが滑ったとします。
このときそのまま(右にハンドルを切ったまま)ですと、リヤが滑った分クルマが更に内側(右)に向いてしまいます。(これをオーバーステアと呼びます)
これを防ぐために、その分ハンドルを左に切ってやるのです。
これをカウンターと呼びます。
こう書くと何となく左側に進んでいく様に思われますが、あくまでもリヤが滑った分ハンドルを切る(戻す)ので、多少外側にスライドしますが、クルマの向きは変わらないという訳です。
2)サイドブレーキターン
これはあくまでも非常事態用だと思って下さい。
例えばスキーを終えて、雪山を順調に下ってきたとします。
周囲の雪も徐々に少なくなってきたので、少しペースを上げた所で、突然日蔭の雪と急カーブが迫ってきました。
アラまずい、と思った時既に遅く、オーバースピードで進入したためハンドルを切ってもクルマはなかなか向きを変えてくれません。(これをアンダーステアと呼びます)
さあ、貴方ならどうしますか?
スピードを落とせば前輪の荷重が重くなってグリップが回復するので、アクセルを戻す、もしくはタイヤがロックしない程度にブレーキを掛ける、と言われれば通常は正解です。
ですが、それでも曲がらず、このままだとガードレールにぶつかるというときはどうしますか?
そんなときは、サイドブレーキを一瞬引いて、前段のカウンターとは逆に後輪を故意に滑らせて、クルマの向きを変えるという訳です。
先ほど述べました様に、これで確実に事故を回避できるわけではないので、最後の手段として覚えておいて下さい。
3)雪道で最悪のクルマとは
これをテクニックと呼んでいいかどうか疑問ですが、雪が降り出した中で決して運転を続行していけないクルマは何でしょう。
答えは、以下の組み合わせです。
FR車+夏タイヤ+乗車1名+トランク空+ガソリン少々+幅広タイヤ
この組み合わせでしたら、早晩どこかでスタック(坂道はまず登れません)する事になりますので、早めにチェーンを巻くか、救援を呼ぶか、近場の駐車場に止めて歩いて帰ってくる事をお勧めします。
なおここではトヨタ86を例にしていますが、FRであればどれも同じと思って頂いて結構です。
一方、例えFR車+夏タイヤの組み合わせであっても、フル乗車+トランク満載+ガソリン満タン+標準タイヤ幅で、後輪に十分荷重を加えられれば多少の雪でしたら十分帰ってこられます。
なおガソリン満タンでも大人一人分の荷重が後輪に掛りますので、雪山の手前でガソリンを満タンにする事も合わせてお勧めします。
4)凍結した路面の走り方
これは最高に難易度の高い(?)走行になります。
風の強い明け方前の4時頃に、いつも使っている橋を渡り始めました。
するとアレレレ、明らかにタイヤが滑っているのを全身で感じました。
さあ、貴方ならどうしますか?
アクセルを緩めてゆっくりスピードを落とす、或いはブレーキを軽く踏む。
恐らくどれも間違いではないでしょう。
ただしどれも、一気に滑リ出すきっかけになる危険性もはらんでいます。
ですので、ここではもう一つのオプションを提案したいと思います。
そのままの状態で進む。
ご存じの様に地球上に橋は無数にありますが、間違いなく直線のものしかありません。
(例外があったら御免なさい)
一方クルマは慣性で真っすぐ進もうとしていますので、路面が凍結していようがいまいが、何か特別な事がない限りそのまま進むのが一番自然な状態です。
という訳で、最終判断はお任せしますが、滑っているのを気が付いたら、そのまま進む手も選択肢に入れておいて頂ければと思います。
またついでですが、①冬の②晴れた日の③明け方の④風の強い日の⑤橋の上は凍結していると思った方が無難です。
またトンネルの出口も橋と同じ様に凍結している事が多いのですが、橋と同様トンネルの出口も暫くは直線が続くと思っていれば、最悪の事態を避けるヒントになるかもしれません。
5)重心移動
さて雪道運転テクニックの最後です。
なおこれは、どちらかと言えば雪道を早く走るためのテクニックですので、一般道で実践する事はお勧めしません。
あくまでも万一のための知識として知っておいて頂ければと思います。
突然ですが、テニスの選手がレシーブ前に左右の足を小刻みに上下したり、上半身を左右に揺らしているのを見た事があるでしょうか?
テニス選手はレシーブ前に左右の足を小刻みに上下したり、上半身を左右に揺らす
これは左右に体重移動する事によって、サーブされたボールに反応して素早く左右に飛び出せる様にしているのです。
これを雪道でも行うのです。
あまり見た事がないかもしれませんが、スノーラリーでラリーカーが左右に揺れながら走行しているシーンがあります。
小刻みにハンドルを左右に切にながら直進するラリードライバー
これがテニスと同様突然現れるコーナーに素早く対応するため、揺れながら左右の前輪荷重を増やしているのです。
具体的には、急な右コーナーをクリアするために、一度左にハンドルを切って右前輪にたっぷり荷重を掛けてから右に曲がるという訳です。
さすがに雪の一般道でこれをやったら、マズイ事になるのは分かって頂けると思います。
ただしこれに関連して、雪道を安全に走る奥の手をお知らせしましょう。
貴方が雪道を走行しているとします。
周囲にクルマが見当たらない時を見計らって、ブレーキを強めに踏んで下さい。
これで貴方のクルマのグリップがどれくらいか把握できます。
自分のクルマのグリップがどの程度かを認識する事によって、さらなる安全を確保できます。
第19章: テクニック編Ⅰ(段差を華麗に乗り越える方法とは?)