ロングストロークは何故トルクが大きくなるのか?
(気筒数が少ないと何故トルクは大きくなるのか?)
2017/7: 初版
2018/2: 誤記訂正
2018/2: 誤記訂正
目次
はじめに
本書では以前より、排気量が同じなら気筒数が少ないほどトルクはアップすると、まるで当たり前の事の様に書いていたのですが、読者の方よりメールを頂いてその理由を一切書いていない事にようやく気が付きました。
(186PS / 23.7kg·m) (170PS / 25.0kg·m)
また同じ様に、ショートストロークのエンジンより、ロングストロークのエンジンの方がトルクがアップすると、これまた当然の事の様に書き続けていたのですが、その理由も一切書いていませんでした。
φ64mmx68mmのロングストロークエンジンを搭載した本田のS660
という訳で、遅ればせながらその理由を、いつもの様に自転車を使ってご説明したいと思います。
そしてまたいつもの様に、大どんでん返しがある事をご容赦願います。
2. 自転車のトルクをアップする方法
本サイトを何度か訪れて頂いた方はご存じかもしれませんが、下の図はトルクと馬力の話で使ったイラストです。
トルクとはペダルを押す力
このペダルを押す力が強ければ強いほど、自転車のトルクも大きくなって、坂道も楽に登れます。
と、今まではペダルを押す力に焦点を当てて話してきましたが、今回注目するのは自転車におけるクランクの長さです。
クランクとはペダルの根元に付いているアームの事です。
では、このクランクの長さを、下図の右側の様に短くしたらどうなるでしょうか?
クランクの長さが短くなると自転車のトルクは小さくなる
かなり漕ぎにくくなるのは間違いないのですが、仮にペダルを押す力が同じでも、自転車のトルクが小さくなるのは容易に想像できると思います。
何故ならば、トルクは以下の式で表せるからです。
トルク=クランクの長さ X ペダルに加えた力
ですので、もしクランクの長さが半分になれば、トルクも半分になってしまいます。
それでは逆に、クランクの長さを伸ばしたらどうなるでしょう?
この場合、(ペダルに足が届く限り)同じ人が漕いだとしても、トルクは大きくなるのは間違いありません。
だとすると、これはかなり美味しい話ではないでしょうか?
なにしろ、クランクを長くするだけで、トルクが大きくなって、坂道を楽に上れる様になるのですから。
ですが、ここで1つ問題があります。
クランクを長くし過ぎると、足がペダルに届かなくなってしまう事です。
ですので、足の届く範囲内でクランクを長しなければなりません。
理論上は、自転車に乗って脚を伸縮できる長さ(ストローク)の半分まで、クランクを長くできる事になります。
ここまでをまとめると以下の様になります。
①自転車のトルクをアップするためには、クランクを長くすれば良い。
②ただしそのためには、足が長くなければいけない。
自転車におけるクランクの重要性
さて、ここでいつもの通り脱線です。
興味のない方は、遠慮なく飛ばして下さい。
お伝えしました様に、自転車におけるクランクの長さは、余り知られていない割には非常に重要です。
自転車の速度を上げるとなると、恐らく空気抵抗とタイヤと車重が三大要素なのかもしれませんが、本書は真っ先にクランクの長さを挙げたいくらいです。
下の表にあります様に、ママチャリと呼ばれる一般的な自転車のクランク長は165mmですが、少しお高いスポーツタイプの自転車でしたら170-180mmまで選択可能です。
種類 | クランク長 |
ママチャリ | 165mm |
ロード自転車 (オプション) |
170mm (175-180mm) |
仮にクランクの長さを165mmから175mmに変更した場合、同じ力で漕いでいながら、トルクも馬力も1.06倍(=175÷165)になりますので、僅かとは言え捨てたものではありません。
もし180mmにしたら、ほぼ1割増し(正確には1.09倍)になります。
これで同じ回転数でクランクを回したとしたら、パワーも1.06倍、1.09倍になり、最高速度も1.06倍、1.09倍になります。
速度に換算すると、時速30kmだったものが、時速32km、33kmに向上します。
ところで、もしかしたらクランクを長さを変えるのは、自転車の変速ギアを変えるのと同じだと思われていませんでしょうか?
だとしたら、全く違います。
例えば平坦な道でギアをハイに切り替えて、それまでと同じ回転速度でペダルを回したとすると、確かに速度は早くなります。
ですが、その分ペダルが重くなりますので、使うエネルギーは増えているのです。
すなわち理論上は、同じギアのまま一生懸命漕いだのと同じ事なのです。
一方クランクを長くした場合は、使うエネルギーはそのまま(同じ漕ぐ力と回転速度のまま)で、早く走る事ができるのです。
コンマ数秒を争うトライアスロンだけでなく、毎日の通勤通学でも思い切ってクランクの長さを変えてみる価値があるかもしれません。
ただしペダルに足が届く事が条件になります。
ところで、何故可変長クランクは売っていないのでしょう。
作れば売れそうな気がするのですが。
3. ロングストロークとトルクの関係
自転車でトルクをアップする方法が分かった所で、次はエンジンでトルクをアップする方法を考えてみましょう。
下はエンジン内部にある、ピストンとコンロッドとクランクシャフトです。
エンジン内部
この場合も自転車と同様に、ピストンの上下運動をコンロッドを介してクランクシャフトに伝える事によって、直線運動を回転運動に変換しています。
これを横から見ると、下の図の様になります。
この黄色の回転軸部分にペダルが付いているとすれば、コンロッド(連結棒)が人の足になり、クランクシャフトが自転車のクランクに当たります。
ちなみにクランクシャフトの横に付いている蒲鉾(かまぼこ)の様な物が、エンジンの振動を減らすためのバランサーです。
この図において、もしトルクをアップしたいのであれば、このクランクシャフトの軸間距離を長くすれば良い事になります。
ところが、ピストンが上下する距離は排気量で決まっていますので、このままではクランクシャフトの軸間距離を長くする事はできません。
では、排気量を同じにしたままで、クランクシャフトの軸間距離を長くするにはどうすれば良いでしょう?
そうです。
ロングストロークにすればクランクを長くできる
右上の図の様にシリンダーを細長くして、ピストンの移動量を大きくすれば(ロングストロークにすれば)良いのです。
そうすれば、クランクシャフトの軸間距離(赤の矢印)も長くする事ができ、結果としてトルクアップが図れるという訳です。
と言いたい所ですが、エンジンの場合そんな事はありません。
4. クランクを長くしてもトルクは増えない
ロングストロークにしてクランクの軸間距離を長くしたのになぜトルクは増えないのか?
簡単な事です。
ロングストロークにした事により、シリンダーも細くなり、当然ピストンも細くなります。
例えば先程のイラストの場合、ストロークを2倍にするため、シリンダーの断面積を半分にしています。
ロングストロークにすればクランクを長くできる
パスカルの法則により、シリンダー内の圧力はどこの面にも均等に当たりますので、ロングストロークのピストンに働く力は、ショートストロークの半分になってしまうのです。
ですので、折角クランクを2倍に長くできても、加わる力が半分になるので、ロングストロークでもショートストロークでも、結局トルクは変わらないのです。
すなわちシリンダー内の圧力が均一である限り、ロングストロークでもショートストロークでも、結局トルクは変わらないのです。
だったら何故ロングストロークにすればトルクは大きくなると、巷では当然の様に言われているのでしょうか。
話はいよいよ佳境に入っていきます。
5. 燃焼室とトルクの関係
それではなぜ、ロングストロークになるとトルクがアップするのでしょう。
これも驚くほど簡単です。
その話に際して、エンジンの燃焼室についてお話したいと思います。
燃焼室とはシリンダー上部にある空気と燃料の混合気が真っ先に燃焼するスペースを指します。
ガソリンエンジンの燃焼室
このスペースは、混合気が一気に燃える様にするために、(バルブの数等によって色々な形状がありますが)上のイラストの様に一般的に背の低い屋根裏部屋の様な形状になっています。
4バルブの燃焼室(pentroof combustion chamber)
理想を言えば、半球(ドーム)状が一番良いのでしょうが、プラグを入れたり、吸排気バルブを入れたりしなければならないのでこんな形状が限界なのでしょう。
さてこの燃焼室の容積を同じにしたまま、ショートストロークとロングストロークで燃焼室の形状がどう変化するか考えてみます。
下が、その図です。
かなり誇張して描いていますが、こちらの言いたい事は伝わりますでしょうか。
この図をご覧頂きます様に、左側のショートストロークの場合、同じ容積でも燃焼室の形状は平べったくなっています。
それに対して、ロングストロークの燃焼室は厚みがあって幅(径)も狭くなっています。
この様な燃焼室で、混合気を点火して爆発させたとします。
すると、当然ながら平べったい燃焼室ではシリンダーの端の部分まで火炎が拡がるには時間が掛かり、内部の圧力にムラが生じるというのは、誰でも容易に想像できるのではないでしょうか。
それに対して、ロングストロークの場合は、シリンダーの径が小さくなるので、高さ方向に厚みが増え幅(径)も小さくなるので、燃焼室全体に一気に火炎が拡がり、均一な圧力がピストンに掛かりそうな感じです。
となると、どうなるのでしょう。
先程シリンダー内の圧力が均一である限り、ロングストロークでもショートストロークでも、結局トルクは変わらないとお伝えしたのですが、ショートストロークの場合この条件が崩れる事になります。
すなわちショートストロークの場合、不均一な圧力がピストンに掛かる事により、ロングストロークよりトルクが劣る事になるという訳です。
6. 気筒数とトルクの関係
さて、同じ排気量であれば、ロングストロークの方がトルクが大きくなると分かった所で、次に同じ排気量で気筒数が少なくなるとどうなるか考えてみます。
例えば、同じ排気量の3気筒エンジンと4気筒エンジンでしたら、当然ながら3気筒の方が一つのシリンダー(気筒)は大きくなります。
BMWの3気筒1500ccエンジン
下の表は、1500㏄エンジンにおける3気筒と4気筒のボア(シリンダーの直径)とストローク(ピストン移動距離)の値で、いずれもボアとストロークの比が1:1(スクエア)の場合です。
種類\項目 | ボア (シリンダー直径) |
ストローク (ピストン移動距離) |
1500cc3気筒 | φ86mm | 86mm |
1500cc4気筒 | φ78mm | 78mm |
これを燃焼室を含めて図にすると以下の様になります。
この場合、燃焼室の容積もシリンダーと同じ割合で増減させているのですが、図にするだけではどちらが平べったいかは良く分かりません。
ですが計算すると、4気筒(右)の方が3気筒(左)より1割りほど燃焼室が平べったいのです。
この1割りの差がトルクにどれほど影響するか不明ですが、ロングストロークと同じ様に、気筒数が少ない方が燃焼室に厚みがある分燃焼がうまくいく、すなわちトルクがアップする傾向にあると言えます。
エンジンの燃焼プロセスについてはノウハウの塊なので極力触れない様にしていたのですが、この程度の内容であれば特にお叱りのメールを頂く事はないだろと思い記載させて頂きました。
もし疑義がありましたら、遠慮なくお知らせ願います。
7. まとめ
それではまとめです。
①自転車のトルクをアップするためには、ペダルのクランクを長くすれば良い。
ただし、長くし過ぎると足が届かなくなるので、届く範囲にしなければならない。
②エンジンの場合も、クランクシャフトの軸間距離を長くすればトルクアップを図れるが、シリンダーが細くなるのに伴ってピストンに掛かる力が減るため、トルクには影響しない。
③ただしロングストロークになると燃焼室を厚みをもった形状にできるため、ショートストロークより燃焼を安定させトルクアップを図れる。
④また気筒数を少なくしても、同じ様に燃焼室を厚みをもった形状にでき、トルクアップを図れる
本書がお役に立てば幸いです。