どうしても解けないGRヤリスの4WDシステム
2020/10/29:発行
目次
1. はじめに
分からない!
どうしても分からない。
GRヤリスの4WDシステムであるGR-FOURの駆動メカニズムが、どうしても分かりません。
ヤリスのハイパフォーマンスモデルであるGRヤリス
FFベースでセンターに電子制御カップリングを1個搭載しているだけのGRヤリスは、一体どうやって前輪30:後輪70の駆動配分を行っているのでしょう。
ネットにはそれこそ山の様にGR-FOURのメカニズムに関する記事が載っているのですが、本質部分を解説したものは一切ありません。
となれば、本書がそれに代わって解説しましょう、と言いたい所ですが、どうしてもそれができません。
そんな訳で今回は、なぜ前輪30:後輪70の駆動配分できないかについて、じっくりご説明をさせて頂ければと思います。
もしこれを読まれて、同じ様に疑問に思われた方がありましたら、是非この謎解きに挑戦して頂ければと思います。
2. 判明している事
本書をご覧頂いている方でしたら凡(おおよ)そご存知かもしれませんが、ネットにあるGR-FOUR関連情報をまとめますと、以下の様になります。
①GR-FOURの前輪は、前輪のデファレンシャルギアを介してダイレクトにエンジンに直結されている。
GRヤリスの4輪駆動システムGR-FOUR
②リアのデファレンシャルギアの直前に電子制御式油圧多板クラッチ(ジェイテクト製のITCC)が付いている。
リアデフの前に設けられたGRヤリスの電子制御カップリング
③前輪と後輪のギア比を変えて、後輪の方が0.7%速く回転する。
④トヨタの開発陣は理論的には、0:100~100:0まで制御可能と言っている。
ネットの記事なのでどこまで正しいかわかりませんが、複数のメディアで似た様な記述があるので、恐らく同じトヨタの説明を元に記事にしたのでしょう。
ですので、概ね内容は正しいのだろうという事で話を進めます。
3. GR-FOURの4WDシステム図
それでは次に、GR-FOURの4WDシステム図を見てみましょう。
アクティブトルクコントロール4WDシステム図
と言いたい所ですが、GR-FOURの4WDシステム図は開示されていません。
では上のそれらしいダイアグラムは何かと言えば、今から24年前に発売されたトヨタイプサムに搭載されたアクティブトルクコントロール4WDのシステム図です。
ところがこれをご覧頂きます様に、エンジンの出力は1本のシャフトで繋がれた2個のギヤでフロントとリアに分配されており、フロント側はフロントデフを介して前輪に繋がり、リア側は電子制御カップリングとリアデフを介して、後輪に繋がっています。
すなわち、前述しましたGR-FOURの4輪駆動システムとそっくりなのです。
早い話が、GR-FOURのハード系のメカニズムは、20年以上も前の4WDシステムと全く同じだという事です。
4. 駆動力配分
では、GR-FOURがアクティブトルクコントロール4WDシステムと同じ構成だとして、この4WDシステムが前輪と後輪にどれくらいの駆動力を伝えられるかをまとめたのが、以下の表になります。
電子制御カップリングの状態 | 駆動配分 |
OFF | 後輪には駆動力は伝わらないので、100:0 |
ON | 前輪と後輪に均等にエンジン出力が加わわるので50:50 |
半クラッチ状態 | カップリングの圧着状態によって、100:0~50:50の間 |
上の表をご覧頂きます様に、アクティブトルクコントロール4WDシステムでは、何をどうやっても後輪側の駆動力を前輪側より高くする事はできないのです。
もしかしたらそれをすんなりご納得頂けない方がいらっしゃるかもしれないので、簡単な例を載せてみました。
例えばですが、下の様に1本の水道管に蛇口が2つ付いていたとします。
それで先ず左側の蛇口だけを全開にしたら、当然ながら左の蛇口から勢い良く水が出ます。
この水量を100とします。
次にその状態から、右側の蛇口を徐々に開いて半開にすると、右の蛇口からも水が出てくると共に、左の蛇口の水の勢いは低下します。
この場合、左の水量が75で、右の水量は25程度でしょう。
そしてさらに右側の蛇口を全開にすると、右側の水量は増え、左側の水量は減り、両方とも同じ水量の50になってしまいます。
すなわち左側の蛇口が全開である限り、右側の蛇口の水の出を左の蛇口より多くする事は決してできないのです。
余り分かり易い例とは言えないのですが、前輪が直接エンジンと繋がっている以上、何をどうやっても後輪の駆動力を前輪より大きくする事は決してできない事を、何となくご理解頂けたでしょうか?
もしどうしても後輪の駆動力を前輪より上げたければ、前輪の駆動力を絞る(左の蛇口を絞る)しかないのです。
すなわち、フリントのデフとエンジンの間にも、電子制御カップリングが必要なのです。
5. 後輪が速く回るとどうなるのか
とは言え、忘れてはならないのが、GRヤリスは前輪と後輪のギア比を変えて、後輪の方が0.7%速く回転している事です。
恐らくGR-FOURの秘密はそこにあるのでしょう。
と誰もが思うのですが、そんな事をしても、駆動力配分は何も変わらないのです。
これを先ほどの蛇口を例にすると、右側の蛇口の先端を拡げた様なもので、それによって水量は1滴も変わらないのです。
むしろ、とんでもない問題が発生するのです。
突然ですが、こんな話は聞かれた事はないでしょうか?
4WD車(特に直結4WD車)においては、決して異なるサイズのタイヤを前後に履いてはいけない。
例えば軽トラックに良く見られるパートタイム4WD車に、前輪と後輪に異なるサイズのタイヤを履いたりすると、4輪駆動ではまともに走行できなくなってしまいます。(詳細はこちら)
この理由を分かり易く説明し様と努力した結果が、以下の絵になります。
異なる速度のクルマ2台を連結したらどうなる?
今ここに、時速50kmと時速60kmで走っている同じ種類のクルマが2台あるとします。
この走行中の2台をいきなり連結させたら、どうなるでしょうか?
そうなると、恐らく前のクルマは後ろのクルマに押されて速くなり、後ろのクルマは前のクルマに邪魔されて遅くなり、時速55km当たりで落ち着く事になるのでしょう。
それだけなら(連結時の衝撃は置いておくとして)さほど問題はない様に思いますが、このまま走り続けると大きな問題が発生するのです。
先ず前のクルマですが、本来ならタイヤは時速50kmで回ろうとしているのに対して、実際は時速55kmの速さで路面と接触しています。
という事は、時速5km分タイヤより道の方が進む事になりますので、止まっているタイヤに対して道が時速5kmの速度で擦り合っている様なものです。
一方後ろのクルマは、時速5km分道よりタイヤの方が進んでいる事になり、やはりタイヤと道が擦り合っている事になります。
すなわち、前のクルマのタイヤも後ろのクルマのタイヤも、路面と擦れ合って余分な走行負荷が発生すると共に、タイヤが熱くなりドンドン摩耗する事になるのです。
それだけならまだしも、更には両車のデファレンシャルギアにも相当の負荷が掛かりますので、場合によってはこれも焼き付く恐れがあります。
話が長くなってしまいましたが、何が言いたいかと言えば、4WD車の前後のタイヤのサイズが違うと、これと同じ事が発生するのです。
すなわち走行抵抗が増えて、タイヤが摩耗するのです。
ちなみに直結タイプの4WD車でタイトコーナーブレーキング現象が発生するのも、これと同じ理屈です。
タイトコーナーでは前輪(青線)と後輪(赤線)で回転差が生じる
そして、前輪と後輪のギア比をかえるという事は、タイヤの大きさを変えるのと同じなのです。
そんな訳で、前輪と後輪のギア比を変えても、後輪の駆動力を高めるどころか、まともに走る事もできなくなるのを分かって頂けたでしょうか。
6. 前後輪のギア比が異なる場合の駆動配分
そうは言っても、この部分がGEヤリスの肝の部分と思われますので、もう少し見ていきましょう。
具体的には、前後輪の駆動配分を、前後輪のギア比が同じ場合と異なる場合に分けて考えてみたいと思います。
電子制御カップリング | 前後輪のギア比が同じ場合の駆動配分 | 前後輪のギア比が異なる場合の駆動配分 |
OFF | 100:0 | 100:0 後輪のギア比が異なるものの、後輪は路面と一緒に回っているので問題なし。 |
ON | 50:50 | 50:50 ただし後輪の方が速く回転するので、タイヤと路面が擦れて負荷が増大すると共にタイヤが早く摩耗する。 |
半クラッチ | 100:0~50:50 半クラッチ状態であっても、前輪側と後輪側のディスクはほぼ同じ回転すなので、カップリングが異常昇温する事はない。 |
100:0~50:50 ただし後輪の方が速く回転しようとするので、前輪側と後輪側のディスクに回転差が生じ、カップリングが異常昇温する恐れがある。
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上の表をご覧頂きます様に、後輪のギア比を変える事によって、後輪の駆動を高める事ができないだけでなく、むしろ弊害しかないのです。
すなわち、今ある情報だけでは、何をどうやっても30:70の駆動配分にはできないどころか、まともに走る事はできないのです。
7. まとめ
それではまとめです。
①ネットの記事を読む限り、GR-FOURの4WDシステムのハード系は、20年以上前に開発されたアクティブトルクコントロール4WDシステムと同等である
②アクティブトルクコントロール4WDシステムの駆動配分は、100:0~50:50であり、後輪に前輪以上の駆動力を配分する事は不可能である。
③GR-FOURの特徴として、後輪のギア比を変えて前輪より0.7%小さくしているらしいが、もしそうだとしても後輪に前輪以上の駆動力を回す事は不可能であり、また駆動上の問題も発生する。
④このため、弊サイトの結論としては、今ある情報だけではどうしても後輪側の駆動力を前輪より大きくする事はできない。
では一体どうやってGR-FOURは前後の駆動力配分を30:70にできるのか?
何方か、この謎を解いて頂く事を期待して、筆を置きます。