クルマが重くなっても制動距離は変わらない
(常識を覆す車両重量と制動距離の関係)

2018/4: 発行
2020/6: 追記

目次



1. はじめに


クルマの制動距離を短くするにはどうすれば良いか?

そう聞かれれば、恐らく100人中100人が、クルマを軽くすれば良い、或いは更にブレーキの効きを良くすれば良いと答えられるでしょう。

ですが、びっくりする様な事を言ってしまいますと、残念ながらそれは全て大きな間違いです。

えっ!と思われるでしょうが、本当にそうなのです。

クルマを軽くしても、ブレーキを高性能な物に変えても、制動距離は全く変わらないのです。


高級ブレーキの代名詞ブレンボ

もし本当に制動距離を縮めたいのならば、タイヤの性能を上げるか、クルマの基本構成を変えるしかないのです。

なぜそう言えるのか、これからじっくりご説明したいと思います。

そんなのウソだと思われる方こそ、騙されたと思って是非最後までご一読頂ければと思います。


2. 車両重量と制動距離の関係


それでは先ず、制動距離と車両重量の関係を調べてみたいと思います。

となれば、1台のクルマに重りを積み込んで、制動距離がどう変化するか調べるのが一番理に叶っている(誤差が少ない)のでしょうが、弱小サイトにそんな大それた実験を行う余裕はありません。

と言う訳でここでは、手っ取り早く国土交通省における各車両のブレーキ性能試験結果を使って調べてみたいと思います。

もし軽いクルマほど制動距離が短いとしたら、多少のバラツキはあるでしょうが、軽自動車ほど制動距離は短くなるという傾向は見て取れる筈です。

果たしてそんな結果になるでしょうか?

前置きが長くなってしまいましたが、下の表がその国土交通省における時速100kmのブレーキ性能試験結果です。


2006年と少々古い試験結果なのですが、本書にとって非常に興味深いデータが含まれていますので、取り敢えずこの資料を元に話を進めていきたいと思います。

上の表をざっと眺めるだけでも、軽自動車であれば制動距離が短い訳ではないというのが分かると思いますが、より分かり易くするために、各車両の車両重量と制動距離の関係を散布図にしてみます。


車両重量と制動距離に関する散布図

具体的には、横軸を車両重量、縦軸を制動距離とし、各クルマの車両重量と制動距離をプロットします。

もし車両重量が重いほど制動距離が伸びるとする、チャートの左下に軽いクルマ、右上に重いクルマが集まる筈です。

するとどうでしょう。

このチャートの左側の900kg以下が軽自動車なのですが、制動距離の短い物もあれば長い物もあります。

そして、右にいくほど車両重量は重くなるものの、軽自動車よりどんどん制動距離が長くなっている訳でもありません。

もしクルマが重くなる程制動距離が長くなるのでしたら、各車両は赤いラインに沿って分布する筈ですが、そんなことはなく殆どバラバラ(ランダム)に分布しています。

強いて言えば、右上に空白がある事ぐらいでしょうか。

ですがこの空白とても、2006年のブレーキ性能試験では軽自動車が多く、重いクルマ(乗用車)が比較的少ないせいなのかもしれません。

ついでなので、この散布図の近似曲線をエクセルで引いてみると、何と右下がり、すなわち計算上重いクルマの方が制動距離は短くなる傾向見られるのです。


車両重量と制動距離の近似曲線

いずれにしろ、このデータを見る限り、クルマが軽くなれば制動距離は短くなるという傾向は、全く見られないというのは、何方もすんなりとご納得頂けるものと存じます。

とは言え、このブレーキ性能試験は異なるクルマによる試験なので、ブレーキやタイヤの性能だって異なるのだから、こんな風にバラツクのは当然だというご意見もあるでしょう。

と言う訳で、次に進みます。


3. ブレーキ性能に差はあるのか


さて先ほど、”クルマが異なれば、ブレーキやタイヤの性能が異なる”、とかなり安易にお伝えしました。

確かにその通りなのですが、はたして制動距離に影響を与えるほどの差があるのでしょうか?

という訳で、先ずはブレーキについて考えてみたいと思います。

今更お話する必要もないでしょうが、クルマの3大機能である、走る、曲がる、止まるにおいて、一番大事なのは安全に直結する”止まる”でしょう。

それを司(つかさど)るブレーキが、よもや効きが悪いなんていう事が、今どきのクルマで有り得るのでしょうか?

ここで効きが悪いと言うのは、単なる感触の問題ではなく、例えばそのクルマに最大積載量の荷物を積んで、制限速度+α(マージン)の速度で走っている場合、タイヤをロックさせるだけの能力が無いという事です。

当然ながら軽自動車と大型トラックとでは、ブレーキの機構や大きさは異なりますが、最大積載量と法定速度+αの速度であれば、確実にタイヤをロックできるのは同じはずです。

すなわち、既に最大積載量と法定速度+αでロックできるブレーキを有していながら、それを更に強化した所で何も変わらないという事です。

ましてやこのブレーキ性能試験においては、前席に2人しか乗っておらず、速度は100km/hです。

ですので、今どきのクルマで制動距離に影響する様なブレーキの性能差があるというのは、どう考えても有り得ない話です。

と言う訳で、前述したブレンボの高級ブレーキや、トラックの強力ブレーキを愛車に付けても、制動距離は1mmも変わらないというのをご納得頂けますでしょうか。

ついでにもう一つ面白い話をお伝えすると、ディスクブレーキとドラムブレーキでは、ディスクブレーキの方が断然ブレーキの効きは良いと思われている事でしょう。


ところがそれも大間違いです。

実際は、タイヤをロックさせる力はドラムブレーキの方が遥かに上なのです。

詳細はこちらをお読み頂くとして、ディスクブレーキの利点は放熱性が良い事と、ブレーキ圧に比例した制動が得られる事なのです。

話は戻って、残るはABS(アンチロックブレーキ)の影響です。

ABSとはご存じの通り、制動時においてもクルマの向きを制御できる様にするため、タイヤを完全にロックさせない機構です。

これについては、もしかしたらABS搭載車の方が多少制動距離が長くなるのかもしれませんが、上記試験車両の全てがABS搭載車である事から、これについてもバラツキを無視できます。

という訳で、今後は異なるクルマであってもブレーキ性能に差はないとして話を進めさせて頂きます。


4. タイヤの性能差


ブレーキの性能に差が無いとしたら、次はタイヤです。

ブレーキについては、クルマによって制動距離に影響する様な性能差は無いと断言してしまいましたが、間違いなくタイヤは有ります。

実際ハイパフォーマンスタイヤとなれば、当然一般タイヤよりも摩擦係数の高いコンパウンドを使うのですから、制動距離は短くなります。

ですが、タイヤがロックしたにも関わらず、スケートの様にツルツルに滑ったり、或いはベトベトもしくはガチガチに路面に吸着したり食い込むタイヤもありません。

何を言いたいかと言えば、タイヤが制動距離に与える影響度は、それほど大きくはないという事です。

そして更に言える事は、どんなに廉価版のタイヤであっても、最低限の摩擦係数が保証されているという事です。

何故ならば、万一最低限の規格を満足しない粗悪品のタイヤがあるとしたら、そんなタイヤを自動車メーカーが標準タイヤとして採用する筈がないからです。

という訳で、タイヤについては、クルマによって制動距離に影響を与える性能差があるのは間違いありません。

但し、下限方向においてはクルマ(及びタイヤ)メーカーが設定する品質保証上のリミットがあり、上限方向においてはタイヤの技術的限界があるという事です。

その下限と上限の幅がどれくらいかについては、おいおい分かると思いますので、次に進みます。


5. 車両重量と制動距離の真の関係


そんなこんなで、ブレーキ性能試験へのクルマ毎のバラツキ(すなわちブレーキやタイヤの影響)はそんなに大きくないと勝手に判断した所で、次はいよいよ車両重量と制動距離の真の関係に迫ってみたいと思います。

先程の散布図の説明において、各車両はバラバラに分布している、すなわち車両重量と制動距離には相関は見当たらないとお伝えしました。


相関関係の見当たらない車両重量と制動距離

確かに上の散布図を眺めて、相関があると言う人はいないでしょう。

ですが、本書が声を大にしてお伝えしたいのは、ここです。

それは、

試験データのバラツキ(誤差)に惑わされて、本質を見失ってはいけない!

という事です。

その証拠がこれです。


明らかに相関関係のある車両重量と制動距離

上のチャートを見ると、明らかに相関があるのが分かります。

このチャートは、今まで見てきた散布図と基本的には同じものですが、唯一縦軸(制動距離)のスパン(下から上の幅)を、今までの6m(40~46m)から一気に100m(0~100m)に広げて、マクロ的に見ています。

赤い線まで入れたので、説明は不要かもしれませんが、マクロ的に見れば制動距離は車両重量に関係なく、ほぼ一定(上記の場合43m±3m)なのを分かって頂けると思います。

ちなみに、(もしかしたら気が付いた方もいらっしゃるかもしれませんが)先般お見せしました右肩下がりの近似曲線の式は、以下の様になっていました。

y = -0.0008x + 43.099

この式の意味は、車両重量に-0.0008m/kgを掛けて、それに43mを足すと制動距離になるよ、という意味です。

ここで-0.0008というとんでもなく小さな数値(車両重量であるxの定数)が、車両重量は制動距離に殆ど影響しないという事を如実に物語っているのです。

恐らくサンプル台数がもっと増えていけば、この定数は更に小さくなり、近似曲線はどんどん水平に近付いていく事でしょう。

そうなのです、これこそが正に車両重量と制動距離の真の関係なのです。

すなわち、制動距離は車両重量に関係なく、ほぼ一定なのです。

これではじめにでお伝えした、”クルマを軽くしても、制動距離は短くならない”、という事をご理解頂けた事と存じます。

なお現段階においては、まだ”ほぼ一定”と書いていますが、バラツキに関してこれから更なる検証を加えた後、自信を持って”ほぼ”を消し去ります。

ところで本書では、分かり易く説明するためバラツキと誤差を似た様なものとして扱っていますが、本来バラツキ(Variation)と誤差(Error)は異なるもの(正確にはバラツキの要因を誤差と呼ぶ)である事を一言付け加えておきます。

そしてもう一言付け加えておきますと、誤差を小さくする事はできても、ゼロにする事は決してできません。

ですので、何度試験を繰り返しても、どんなに試験精度を上げても、少なからずバラつきは存在するという事です。


6. 制動距離は車両重量に関係しない理由


それでは次に、なぜ制動距離は車両重量に関係しないで一定なのか、その理由を考えてみたいと思います。

言葉での説明は至極簡単です。

もし車両重量が2倍になれば、確かに運動エネルギーも2倍になって当然クルマは止まり難くなります。

車両重量が増えると止める力(パワー)も増えるので、制動距離は変わらない

ところが、車両重量が2倍になればタイヤと路面の摩擦抵抗(タイヤのグリップ)も2倍になるので、増えた運動エネルギーと打ち消し合って、結局制動距離は変わらないのです。


7. 制動距離を計算で求める

2018/5: 追記

前段の説明を、アカデミックに計算式で表すと以下の様になります。


運動エネルギーと制動エネルギーの関係

先ずクルマの運動エネルギー(青の矢印)は以下の様になります。

クルマの運動エネルギー=½mv2(1/2x車両重量x速度の2乗)

次にクルマを止めるための、摩擦抵抗による制動エネルギー(赤の矢印)は以下の様になります。

摩擦抵抗による制動エネルギー =μNL(摩擦係数x垂直抗力x距離)
=μmgL(摩擦係数x車両重量x重力加速度x制動距離)

この二つの式が釣り合った所でクルマは停止しますので、以下の関係が成り立ちます。

½mv2=μmgL

この式からL(距離)を計算すれば、以下の様に制動距離を求められます。

L =(½mv2)÷(μmgL)
=(½v2)÷/(μgL)
=v2/2μg

この時点で既に気付いて頂けると思いますが、制動距離の計算式には車両重量のmは消えて無くなっている(不要なの)です。

必要なのは、速度と摩擦係数と重力加速度だけなのです。

それだけで、制動距離は求められるのです。

ではこの式で、本当に制動距離が求められるか、実際に計算してみましょう。

速度は時速100kmですが、これを重力加速度と単位を合わせるために秒速にすると、27.8 m/sになります。

また重力加速度は、ご存じの通り9.8m/s2です。

そしてタイヤの摩擦係数が0.8前後と言われていますので、これをそのまま使用します。

L =v2/2μg
=27.8 m/s)2/(2x0.8x9.8m/s2)
=49m

するとご覧の様に、計算上の制動距離は49mになりました。

実際の値は43m前後ですが、机上の計算値としては妥当な所ではないでしょうか。

ちなみに、計算結果で制動距離を43mにするためには、摩擦係数は0.9と0.1ポイントアップします。

推測ですが、ABSが効いているとはいえ、もしかしたら急制動の場合、タイヤが熱で融け始めて路面にへばり着こうとして、普段より摩擦係数が高くなるのかもしれません。


8. クルマの基本構成と制動距離の関係


さて、先程は縦軸のスパンを変えてマクロ的に車両重量と制動距離の関係を見てきましたが、次はまた元に戻ってミクロ的にこの関係を見てみたいと思います。

むしろこちらの方が、興味深いかもしれません。

そして今回注目するのは、制動距離が45.2mと断トツに長い、赤丸を付けたミニキャブです。


ミニキャブと聞いても殆どの方には馴染みがないかもしれませんが、ミニキャブとは三菱の軽キャブオーバーワゴンになります。


制動距離の長い三菱のミニキャブ

このクルマの外観だけ見て、もしかしたらピンときた方もいらっしゃるかもしれませんが、ついでにもう一つ別のクルマをご紹介したいと思います。

それは、(上のチャートにはありませんが)下のマツダのRX-8です。


制動距離の短さでは国産最高記録のマツダRX-8

なぜいきなりこのクルマをご紹介したかと言えば、このクルマの制動距離は38.6mと歴代の国土交通省のブレーキ性能試験車両の中で最も優秀な成績を打ち出しているからです。

ちなみに低重心を謳っているトヨタ 86でさえ、39.6mですので、以下にこのクルマの制動性能が優秀かご理解頂けると思います。

この2台のクルマ(ミニキャブRX-8)を見比べて、どう思われるでしょうか?

片やキャブオーバー(前席の下にエンジンが有る)で前輪荷重が重く、重心もかなり上にある軽商用車。

それに対してもう一方は、小型のロータリーエンジンをフロントミッドシップ(前輪より後方に)搭載して、尚且つ後輪にデフを搭載して前後重量配分50:50を達成し、更に低い車高で重心もかなり低く設定されたスポーツカーです。

車両\重心位置 前後方向 高さ方向
ミニキャブ 前部に重心 重心が高い
RX-8 中央に重心 重心が低い

この基本構成(重心位置)が全く以って双極となる2台のクルマが、制動距離も両極端に位置するのを、もはや偶然と考える人はいらっしゃらないでしょう。

確かに履いているタイヤのグリップ力にも相応の違いはある(RX-8はブリジストンの高性能タイヤ、ポテンザRE040が標準)でしょうが、車両の構成(重心位置)も制動距離に少なからず影響していると考えるのが妥当でしょう。

すなわち、前輪荷重が重く、尚且つ重心が高いクルマの制動距離は長くなり、前後輪の荷重バランスが良く、重心が低いクルマほど、制動距離は短くなるという事です。


9. クルマの基本構成が何故制動距離に影響するのか?


それではなぜ、前後輪の荷重バランスが良く、重心が低いクルマほど、制動距離は短くなるのでしょう。

この理由も実に簡単です。

ご存じの様に、クルマは制動時に前部が沈み込みます。


クルマは制動時に前部が沈み込む

その理由は、タイヤは止まろうとしているのに対して、車体は慣性の法則で進もうとしますので、地面より上にある重心が前輪側に掛るためです。

上の写真で大凡(おおよそ)その雰囲気を掴んで頂けると思います。

ですので、この傾向は重心が高く、前輪側が重いクルマ程顕著になります。

逆に言えば、スポーツカーの様に重心が低く、リアが重いクルマ程、この傾向が少なくなります。

これでもうお分かりでしょう。

ミニキャブの様に前輪が重く、更に重心が高いクルマは、制動時に大きな荷重が前輪に掛かる事になるのです。

このため、後輪は殆ど浮いた様な状態になるのです。

ですので、前輪は一生懸命止まろうと悲鳴を上げて(タイヤの限界を超えて)踏ん張っているのに、後輪は殆ど何もしないで路面を軽く舐めているのです。

そうなれば、制動距離が長くなるのも当然の事でしょう。

なお、ついでにもう一言付け加えさせて頂くと、後輪側が重いほど制動距離は短くなるので、後輪側が重目のホンダのS660(前後荷重45:55)やニッサンGT-R(前後荷重54:46)のブレーキ性能試験がどうなるか興味のある所です。


前後荷重45:55のホンダ S660

もしかしたら、前述のマツダRX-8を抜くかもしれません。

とは言っても、国土交通省がそんなに数の出ないクルマの性能試験を行ってくれるとは思えませんが。


10. タイヤの性能と制動距離の関係


それではいよいよ最後です。

既に予告しました様に、最後はやはりタイヤの話です。

先程はタイヤによって制動距離に影響を与える性能差はあるものの、下限方向においてはクルマメーカーが考えるリミットがあり、上限方向においてはタイヤの技術的限界があるとお話しました。

となると、タイヤ起因で特徴的なクルマが無いかと思って先ほどのチャートを見ると、それらしいクルマがあります。


それが、ダイハツのエッセソニカです。

先ずエッセですが、下の写真の様にごくごく普通の軽自動車で、ミニキャブの様に後輪側が非常に軽いとか、ハイト軽ワゴンの様に重心が非常に高いとかいった事もありません。


ダイハツのエントリーモデル、エッセ

唯一の特徴と言えば、ダイハツの軽自動車の中でも最も廉価なエントリーモデルという事ぐらいです。

そこで、もしかしたら本体の車両価格相応の安いタイヤを履いているのではないかと調べてみると、確かにHANKOOK CENTUM K708という聞き慣れない韓国製タイヤを履いています。

次にソニカですが、これはエッセとは対照的に、高級志向の軽自動車で、何とブリジストンのポテンザ RE030を履いています。


低く長いスタイルで高級志向を目指したダイハツのソニカ

この似た様な2台が、制動距離の両極端にあるというのは、このタイヤの性能差が大きく影響していると考えて間違いはないでしょう。

だとしますと、廉価タイヤと高性能タイヤの差は、制動距離にして4m程だという事です。

なおソニカの方がエッセより50mmほどホイールベースが長く、重心も僅かながら低いと思われるので、実際のタイヤだけの差はもっと少ないのかもしれません。

いずれにしろ、この4mの差を大きいと見るか、小さいと見るかはお任せするとして、思った(期待した)程の差ではないというのが実感ではないでしょうか。

すなわち、愛車の標準タイヤを高価な高性能タイヤに履き替えても、この程度しか制動距離は縮められないのです。


11. まとめ


いかがでしたでしょうか?

これで車両重量は制動距離に関係しないという事を、ご納得頂けましたでしょうか?

今回は制動距離に影響するバラツキの要因を、ブレーキ性能とタイヤの種類と車両構成に絞りましたが、これ以外にもタイヤの太さや大きさやロット差や摩耗状況や空気圧、更には試験当日の気温や風速や路面の状況や路面温度等々、様々な要因が考えられます。

しかしながら、バラツキの要因がいくらあっても、物事の本質は変わらないのです。

すなわち、

①車両重量が増えても減っても、制動距離は変化しない。

②またブレーキを高性能品に交換しても、制動距離は変化しない。

③ただし後輪荷重が重くて、重心が低いクルマほど制動距離は短くなる。

④また高性能タイヤを履けば、制動距離は短くなるが、その差は時速100kmの制動試験において4mほどである。


⑤ちなみに、③と④の組み合わせにおける制動距離の最大差は、6.6m(=ミニキャブの45.2m - RX-8の38.6m)である。

これがブレーキに関する真実です。


12. 本書が最もお伝えしたい事


そして本書が最もお伝えしたい事は、誤差と本質を混同してはいけない!という事です。

あらゆる実験や測定において、誤差ゼロという事は有り得ませんし、どんなに努力しても誤差をゼロにする事はできません。

特に精度の高い測定や複雑な実験を行うと、何度測定しても同じ値にならない事や、理論通りにいかない事は良くある事です。

このため、経験の浅い技術者は、この誤差を新たな発見と早とちりしたり、人類が数世紀も掛けてようやくたどり着いた理論や法則を安易に否定したりしますが、それは単につきとめられない誤差のせいでしかないのです。


実験が行き詰まったら見てほしい、奥深い意味を持つJISの付図1

有り難い事にそういう誤差は、往々にしてプラス側とマイナス側の両方に振れるランダム誤差ですので、複数回測定して平均すれば徐々に消えてくれます。

誤差をゼロにする事は決してできませんが、ゼロに近づける事は可能なのです。

最後に少々気難しい話をしてしまいましたが、この事は是非覚えておいて頂ければと思います。


13. おまけ1(滑り易い路面)

2018/5: 追記

上記で終わりにするつもりだったのですが、いくつか問い合わせを頂きましたので、やはりこの話もここでしておきましょう。

下はJAFの公式サイトにアップされている、乗車人数と制動距離の関係を表した動画のトップ画面です。


JAFユーザーテストのトップ画面

時間を掛けてこの動画を見なくても、上の表だけ見ればもうお分かりでしょう。

JAFによる時速60kmの制動試験においては、何とクルマは重い方が制動距離は長くなるとの結果が出ているのです。

この表だけご覧になると、本書の言っている事は間違っているではないかと思われる事でしょう。

ですが、ご安心ください。

下の写真をご覧頂きます様に、この試験は思いっきり水の溜まった路面で行われているのです。


JAFユーザーテストの試験条件

水はけを良くするため、中央部を高くしたを一般道(横断勾配:1.5~2%)で、これだけの水が溜まるのは、相当の大雨のときでしょう。

なぜこんなにも非現実的な状態で試験したかと言えば、これぐらいやらないと制動距離に差が出なかったからです。

そして、タイヤと路面の間にこれだけ水が入り込めば、制動距離に差が出るのは当然の事でしょう。

何故ならば、タイヤと路面の間に異なる物質が存在するのですから、摩擦力は荷重に比例するという関係が崩れるからです。

一方運動エネルギーは、上記の場合でも荷重に比例して増えますので、結果としてクルマが重いと制動距離は長くなるのです。

ですので、水だけではなく、砂利や砂やオイルが路面にあれば、重いクルマほど制動距離は長くなります。

よくトラックを運転する方が、重い方が制動距離が伸びると感じるのは、路面が砂利道のせいなのは間違いないでしょう。

ところで、なぜJAFは乾燥路ではクルマの重さが変わっても制動距離は変化しないと、一言付け加えてくれないのでしょうか。

これでは多くのユーザーが、程度の差こそあれ、常に重いクルマほど制動距離が長くなると誤解してしまうのは間違いありません。

本来なら、乾燥路であれば制動距離は車両重量によって変化しないが、路面が滑り易くなると重いクルマほど長くなると、JAFの活動資金提供者であるユーザー(会員)に正確に伝えるべきではないでしょうか。

それこそが、真に正しい広報活動です。


14. おまけ2(過積載)

2018/10: 追記

またまた読者の方より、お便りを頂きました。

それによると、トラックに過積載を行なうと制動距離が長くなるとの事です。


上の全日本トラック協会による表を見ると、確かにその傾向が見れます。

ではなぜ過積載の場合、制動距離が距離が伸びるのでしょうか?

この理由も簡単で、ブレーキの性能が追い付いていないからです。

本来ならば10トンの荷物を満載する事を前提にブレーキを設計しているのに、それに4割増し或いは8割増しもの荷物を積んだら、ブレーキが完全にタイヤを止められなくなるのは当然の事です。

恐らく乗用車においても、規定の4割増しもの積載を行えば、ブレーキがタイヤの回転を押さえ切れずに制動距離は間違いなく伸びるでしょう。


15. おまけ3(学科教本)

2020/06: 追記

根拠としては薄いのですが、ついでにこの話もさせて下さい。

制動距離は速度の2乗に比例する。

昔自動車教習所で貰った学科教本にも書かれていますので、覚えている方も多いのではないでしょうか?


学科教本に書かれている制動距離に関する記述

この理由は、既にお伝えしました様にクルマの運動エネルギー(青い矢印)は速度(v)の2乗に比例して増えていくからです。
クルマの運動エネルギーは1/2mv2で求められる

ちなみに1/2mv2vが速度で、が車両重量になります。

だとすると、制動距離は車両重量()にも比例する筈です。

ところが教本のどこを探しても、制動距離は車両重量に比例するとは一切書かれていません。

すなわちこれは、(直接的ではないにしても)制動距離は車両重量には関係しないとの、間接的な証とも言えます。

そして、もう一つ言える事があります。

先ほどの教本の抜粋をもう一度見て頂きたいのですが、制動距離が11mとか18mとかと具体的に数値が書かれたグラフがあるにも関わらず、試験したクルマの車種が一切書かれていません。

ご存知の様にクルマの中には、軽自動車の様に軽いクルマもあれば、ミニバンの様に重いクルマも存在します。

ですので、もし重さが制動距離に関係するのであれば、車名とは言わないまでも、車種ぐらいは明記すべきでしょう。

にも関わらず、重さに関する記述は一切無いのです。

という事は、学科教本の対象となる車両総重量が 3.5トン未満のクルマは、すべからず概ねこの制動距離になると思って良いという事です。

この事も、制動距離は車両重量には関係しないとの証とも言えるのではないでしょうか。

だったら、制動距離に車重は関係しないと、教本のどこかに一言書いてくれれば良さそうなものですが、少しでもドライバーを安心させる様な記述は載せたくないのかもしれません。




常識を覆す車両重量と制動距離の真の関係
(クルマが重くなっても制動距離は変わらない)


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