小学生でも分かるトルクと馬力の話
(本当に早いクルマとは?)

2010/01: 発行
2016/12: 追記
2020/01: 更新

第10章:駆動方式 Ⅰ
(一番優れたクルマの駆動方式とは何か?)



10-1. 一番優れた駆動方式は?


さてここまで読んで頂けたのならば、自動車雑誌、或いはネット記事(これもそうなのですが)に
、いかに間違った記事が多いか分かって頂けたと思います。

なお”間違った”というと多少きつい表現かもしれませんが、非常に感覚的/観念的/或いは思い込みで書かれているのは間違いありません。

特に技術的な基礎知識のない若い記者が書いた試乗記事などは、通常あり得ない急ブレーキ、急ハンドル、急加速と無茶苦茶な運転をした挙句に剛性がどうの、ハンドリングがどうのと意味不明のレポートをするのですから、困ったものです。

それではここでクルマの”駆動方式”についても、真実をお伝えしたいと思います。

それではまた質問です。

FF(前輪駆動)とFR(後輪駆動)では、どちらが運動性能が優れているでしょうか?


そう訊かれれば、恐らく大半の方は当然FRの方が運動性能は上だと答えられるのではないでしょうか?

ご推察通り、それも間違いです。

その理由を定量的(実験ができないので、モドキになりますが)にご説明しましょう。

昔テレビCMでもありました様に、クルマの運動性能とは、走る/曲がる/止まるの3要素です。

これが全て優れていれば、間違いなく目的地に早く着けますし、レース場でも良いタイムが出るでしょう 。

この3要素をFF、FR、4WDで順番(1~3)を付けてみて、トータルでの総体ポイントを算出してみましょう。


分類 FR FF 4WD 理由
走る 1 2 3 駆動力を4輪で路面に伝える4WDが走行性能では1番。
2番目は駆動タイヤにエンジン荷重の掛るFF。
FRは急加速時に後輪に荷重が掛るメリットがあるが、それ以外ではFFの方が明らかに上。
曲がる 3 2 1 駆動輪はどうしても直進方向に進もうとするため(両方の車輪が等しく回転するのが最も負荷が少ないため)、4WDが一番曲がり難い。
同様の理由で、次に劣るのがFF。
FRは操舵輪に駆動力が働かないため、一番曲がり易い。
止まる 2 2 2 止まる能力はブレーキによるので、駆動方式は関係せず。
(ただし、もしここにRRがあれば、それがベスト)
6 6 6 ←駆動方式で差はなし

上記表をご覧頂きます様に、それぞれ一長一短があるものの、トータルすると結局駆動方式による運動性能に差がないのは分かって頂けると思います。

いや間違いなく4WDが良い筈だ、いやFRが優れているはずだとの意見もあるでしょうが、これをさらに細分化しても結局同じ結論になるのは間違いありません。

なぜならば、もしどれかの駆動方式が他より確実に勝っていれば、当然全てのクルマがその駆動方式になっているからです。

一般的(感覚的)には、4WDあるいはFRが運動性能が良いと思われるでしょうが、上記表の様に実際はFFが最もバランスが優れている(中庸である)のは分かって頂けると思います。

突然降り積もった雪で、FR車が坂道の途中でスタックしているのを横目に、FF車(4WDは当然として)がスイスイ登っていく姿を見ると、やはり走行性能の良さを感じずにはいられません。

実際、以前都心に突然降った雪で軽自動車を含むFF車が登る坂の下で、FRスポーツカーやハイテク装置満載のレクサスLSが乗り捨てられているのを見た方も多いのではないでしょうか。

これらのクルマは、FRが故に駆動輪が軽く、雪の坂道を登れなかったのです。

なお(くどい様ですが)このFF車の走破性の高さは、あくまでも駆動輪に掛る荷重が大きいからで、大多数の自動車雑誌に書かれている”前の車輪が車体を引くから”という話は全くの間違いです。


10-2. 国産FF車の歴史


ここで少し脇道に逸れて、国産FF車の歴史を紐解いてみたいと思います。

今でこそ我が世の春を謳歌しているFF車ですが、実はほんの数十年前まではハンドリングが不安定な劣等生だったのです。

実際ホンダは、N360を欠陥車として訴えられ、一時期軽自動車から撤退した時期もあったほどです。

ただし、それにも負けずこのFFの理論上の優位性に早くから注目して開発し続けてきたのが野武士のホンダで、それに続くのが技術の日産という訳です。

                    本田FF車の歴史
       
 N360(1967)         1300(1969)       1300クーペ(1969)

     
Life(1971)          CIVIC(1972)         ACCORD(1976)

ただしホンダはシンプルな軽自動車から徐々にFF車を開発してきたのに対して、日産は初のFF車であるチェリー(1970)でいきなりハードルの高い横置きエンジン+4輪独立懸架(FFで理論上一番合理的な構成)を選択したためかなりの難産だった様です。

           
          日産Cherry (1970)          トヨタCorsa (1978)

この背景には、技術至上主義をもっとうとした旧プリンス系技術者の存在が大きく関係したのは間違いありません。

その後、ハンドリング(トルクステア等)の問題に一通り目途が付いてきてから参入してきたのがトヨタをはじめとする国内他社で、トヨタ初のFF車ターセル/コルサ(1978)は無難に縦置きエンジン(おまけに後輪は何と車軸懸架)を選択していたのが興味深い所です。

他社に先駆けてFF車を推し進めてきたホンダ、それを一気に追い抜こうとした日産、それを見ながらも更に堅実な手法で参入してきたトヨタと3社の思想の違いが見てとれます。

また他社においては、ターセル/コルサと同時期(1978年)にデビューしたのが三菱初のFF車であるミラージュで、それから2年後の1980年にデビューしたのが大ヒットしたマツダ初のFF車である5代目ファミリという訳です。

          
        三菱ミラージュ(1978)      松田ファミリア(1980)

そして忘れてはいけないのが1977年にデビューしたダイハツの初代シャレードです。


ダイハツ初代シャレード(1977)

当時は徹底的にコストダウンした小型車としか思っていなかったのですが、この時代で1000ccで3気筒エンジンを搭載していたと知ると、ダイハツの先見性を感じないではいられません。(おまけにシャレードの2代目には世界最少の3気筒1000ccのディーゼルエンジンまで搭載されました)

今では殆どのクルマがFFですが、普及してからまだ30余年程度しか経っていないのが驚きです。

なお真偽の程が不明なのですが、その当時の日産社長がこれからのクルマは全てFF車にすると豪語したという話もありました。




10-3. 坂道における前後輪の荷重


一つ前の項で坂道の話が出た所で、この話もしておきましょう。

先ずここに、水平状態で前輪と後輪の荷重の割合が50対50のクルマがあったとします。

    
坂道ではクルマの前後荷重はどれくらい変化する?

このクルマが右図の様に坂道にあると、前後輪の荷重の割合はどう変わるでしょうか?

これについて、階段での荷物運びを例にして考えてみましょう。

左下の図の様に、二人の人間が階段でタンスを運ぶ際、上と下のどちらが重いでしょうか?

       

ネットで調べると色々な見解がありますが、重心がタンスの中心にあれば支える重さはどちらも同じというのが主流の様です。

ですが、実はこれも大間違いです。

右の図の様に、もし荷物が板の様に薄い物でしたら確かに上も下も同じ重さなのですが、タンスの様に高さがある場合、上と下では重さが異なります。

と言うと、常に下が重くなると思われるかもしれませんが、何とそれも間違いです。

実はタンスのどこを持つかによって、上と下で重さは変わるのです。

下の図はタンスの持つ位置(赤丸位置)によって、二人の間(青線)の重さの掛る位置が変化する様子を示しています。

  
     1下が重い      2上下同じ     3上が重い      4上下同じ

上図において、青線と赤矢印が交差する点にタンスの重さが掛ります。

という事は、下段の図の様に青い棒に重りが付いたのと同じになり、(感覚的にも分かると思いますが)重りに近い人により多くの荷重が掛ります。

結論としては、二人ともタンスの下側を持つと下にいる人が重くなり、上側を持つと上にいる人が重くなり、タンスの中央、もしくは対角線を持つとどちらも同じ重さになります。

ですので、下にいる人はタンスの上側を支えた方が軽く、上にいる人はタンスの下側を支えた方が軽くなりますので、両者がそれを選べば上図の4となり、結局同じ重さになるという事です。

ところで、どんどん階段が急になって、タンスが垂直になったら下の人だけが支えるではないか、と思う方はいませんか。

もしタンスが垂直になった場合は、上が引き、下が持ち上げる形になり、二人が均等に支えていれば同じ重さですが、上でも下でもどちらか一方が手を抜くと、片方がその分重くなるという訳です。

さて前置きが非常に長くなってしまいましたが、クルマに話を戻すと、タンスの下を支えている場合(上図1)と同じですので、後輪の方が重くなります。

右下の様な急斜面の場合ですと、この前後荷重の比率は43%対57%になります。

       

なおこの比率は、上図からも分かって頂ける様に、クルマの重心が低い、あるいはタイヤの間の距離(ホイールベース)が長いと、差が小さく(両者が50%に近付く)なります。

また上図の場合、角度20度もある急こう配ですが、箱根の最大傾斜角8度の場合ですと、前後輪への荷重の比率は48%と52%になります。

この差を大きいとみるか小さいとみるかは微妙な所ですが、万一雪道の斜面でFF車がスタックした場合、重心が高いクルマほどバックで登れば多少脱出できる可能性は高くなると言えます。

ただしFR車の場合は、駆動輪側が更に軽くなりますので、バックで登ると益々滑り易くなります。


10-4. 坂道での接地力


前述の様に、坂道でも前後タイヤへの総荷重は変わらない(100%のまま)ものの、タイヤが地面へ接地する力は、傾斜がある分僅かながら低下します。

ですので、もしFRでドリフトの練習をしたければ、平地より坂道の方が楽に(遅いスピードで)ドリフトを楽しむ事ができるという事になります。

とは言え箱根でも平均勾配は3%ですので、計算するとこの場合でも低下率はたったの0.1%です。

もし坂道で大幅に接地力が落ちると考えていたらそれは間違いですが、0.1%滑り易くなっている事は認識している事は大切です。

ドリフトはともかくとして、雨もしくは雪の日の坂道は、クルマにとって一番滑り易い条件ですので、FRが一番滑り易いものの、FFと4WDは踏ん張る分だけ、滑ったら一気に滑るという事を認識しておくと良いと思います。

このため、もし数台のクルマでスキーに行く機会があったら、先頭はFRにした方が、(滑り易いので)早く凍結を察知してくれるので安全だと言えます。

また万一路面が凍結して斜面を登れなくなった場合は、FFの場合は前輪側を重く(助手席に重い人間が座る)する、FRの場合は後輪側を重く(後席に乗員が移動し、トランクを重く)する事です。

余談ですがRR(リアエンジン/リア駆動)のポルシェ911、或いはアルピーヌA110は駆動輪にエンジン荷重が掛っている事から、FRよりも断然雪道には強く、それゆえ4輪駆動車が台頭する前はこれらのクルマが雪道のラリーを席巻していたと言えます。

   
 ポルシェ911              アルピーヌA110

ただし前輪への荷重が小さいので、前輪が滑り易い凍った道は、(思った通りに曲がらないので)かなり怖かったのではないでしょうか。




10-5. 曲がり難いクルマ


走行性能について色々述べましたので、次に旋回性能(曲がり易さ)について述べたいと思います。

前の章でも何度かFF車あるいは4WD車は曲がり難いと述べましたが、最近のFF車(あるいは4WD車)しか知らない方は何の事だろうと思われたのではないでしょうか?

ただし数十年前のFF車に乗った事のある方でしたら、以下の様な怖い経験があると思います。

カーブでアクセルを踏んだらハンドルが逆に戻される様に感じた、もしくはハンドルが重くなって曲がらなくなった。


まだまだFF特有のステアリング特性が残っていた2代目CIVIC

或いはカーブでどんどん外側に膨らんで、車線をはみ出しそうになった。

この理由は簡単で、カーブの場合、前輪が曲がると左右のタイヤに回転差が生じます。

この状態で前輪に駆動力を与えると、左右のタイヤは(ディファレンシャルギヤがあっても)同じ回転数で回ろうとするため、カーブでありながら直進しようとするためです。

このカーブでも直進しようとする特性を、アンダーステアー(ハンドルの回しが足りない)と呼びます。

またこの状態で急にアクセルを戻すと、直進しようする力が無くなって、クルマが急激に内側に向き始めます。

これをタックインと呼びます。

これ以外にも横置きエンジン搭載FF車の場合、前輪のドライブシャフトの長さの違いによるトルクステアと呼ばれる、加速時にハンドルが片側に取られる現象もあったのですが、現在はパワーステアリング等の電子機器によって気が付かない程度に克服されています。


トルクステアの原因となる横置きエンジンの不等長ドライブシャフト
(回転抵抗の少ない長いシャフトの方に、よりトルクが掛かる)

更に4WDですが、これは全車輪に駆動を与える事から、FF以上に直進しようとしますので、FF以上に曲がり難いのですが、FF同様今では4輪駆動かどうか認識する事なく運転できるようになっています。

また日産のJUKEに見られる様に、4WDの外側後輪に駆動力(トルク)を多く掛けて、ハンドルではなくトルク差で曲がる機構(トルクベルト)も取り始めてきましたので、もしかしたら一番素早く曲がれるのは4WDになる時代もそう遠くないかもしれません。

     
JUKEターボ4WD    トルクベクトルイメージ図     NISSANデルタウィング

推測ですがル・マンに出走したNISSANデルタウィングも、何か仕掛けがなければ明らかに軽い前輪荷重と細いタイヤで高速コーナをまともに曲がれる訳がありませんので、恐らくこのトルク操舵を後輪に加えているのでしょう。

ただし基本的な力学的特性は、FR車より4WDの方が曲がり難いというのはご理解頂けたでしょうか?


10-6. 駆動方式にマッチしたクルマ


上記結果(運動特性に差はない)についてまだご納得頂けない方には、下表の駆動方式とそれぞれの対象車を見て頂ければ、もう少しご理解いただけるでしょうか?

 駆動方式  対象車
FR
直進性と走行性能を犠牲にしても、素早く曲がりたいスポーツカー。
もしくはFFのままだと前輪の負荷が大きくなり過ぎる大型車。
 ミッドシップ
良く言えばFRとFFの良いとこ取り(逆に言えば FRとFFの悪いとこ取り)のスペース効率最悪のスポーツカー。
FF
直進性、走行性能、スペース効率が最も良い事から、大多数の中小型車。
ただし操舵と駆動の両方を担う前輪のタイヤが摩耗し易い。
4WD
曲がりにくく且つ重くなるものの、踏破性を求めるSUV。
もしくは駆動力を分散しなければならない高出力エンジンを搭載した高性能スポーツカーもしくは大型車。

上記の様に駆動方式が分散しているのは、クルマ毎に目的/特徴/構成が異なるからで、単にコストだけではないのは分かると思います。




10-1. 一番優れた駆動方式は?/第10章: 駆動方式Ⅰ





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