スタッドレスタイヤは本当に雨に弱いのか?
(現実にはあり得ないJAFの試験結果)

2020/06:発行
2020/11/3:追記

目次



1. はじめに


皆さんは、まだ溝は残っているものの、古くなったスタッドレスタイヤはどうされているんでしょうか。

弊サイトでは、夏場に履いても何の支障もないので、そのまま履き潰してしまう事をお勧めしていたのですが、読者の方よりお便りを頂きました。

それによると、JAFの試験でスタッドレスタイヤが雨に弱い事をアナウンスしているとの事です。


教えて頂いた上の動画を見ますと、5部山のスタッドレスタイヤの場合、濡れた路面の時速100kmの制動距離試験では、5部山の夏用タイヤより1.4倍も制動距離が延びるという事です。


JAFによる濡れた路面における時速100kmの制動距離試験結果

スタッドレスタイヤのウェット性能が夏タイヤと同じだとは思わないものの、この差はかなりビックリです。

これだけウェット性能が違うと、雨の日にスタッドレスタイヤを履き続けるのを躊躇(ためら)ってしまいます。

ですが、何事も先ずは疑がってかかる弊サイトとしては、どうもスッキリしません。

スタッドレスタイヤは、ドライタイヤより柔らかいとは言え、何故こうも制動距離が違うのか?

そんな思いでこの試験動画を見直していたら、一つ気になる事を発見しました。

それを辿っていくと、何と次から次へと、新たな真事実が浮かび上がってくるではありませんか。

それが何で、どんな事が分かったかを、ここで詳(つまび)らかにお伝えしたいと思います。

今回もまた予想外の結論に至りますので、最後までお楽しみに。


2. スタッドレスタイヤのパタン


さて、一体何が気になったかと言えば、試験されたスタッドレスタイヤのトレッドパタンです。


JAFの試験に使用された5部山のスタッドレスタイヤの表面

上がそのトレッドパタンなのですが、ちょっと見はごくごく普通のスタッドレスタイヤのパタンです。

では何が気になったかと言えば、上の写真を見る限り、ウェット性能の要(かなめ)とも言える、路面とタイヤの間にある水を排水する水路が見当たらない事です。

もっと具体的に言えば、本来下の写真の様にタイヤを縦に走る深い溝(水路)があるはずなのに、上の写真ではブロック間の溝はあるものの、直線で走る深い溝が見当たらないのです。


ウェット性能を大きく左右するトレッド面に刻まれた水路(ここでは4本の溝)

これでは、濡れた路面でツルツル滑るのは当たり前で、知っている人でしたらこれを見ただけで怖くて雨の日は乗らないのではないでしょうか。

そんな事を思いながら動画を見ていくと、別の角度からスタッドレスタイヤを撮った写真がありました。


横に走っているのが水路

これを見る限り、試験したスタッドレスタイヤにも水路があるのは間違いなさそうです。

という事は、先に載せた写真で水路が無い様に見えたのは、単に光の当たり具合でそう見えただけだった様です。

ただし、夏タイヤと比べると明らかに水路が細い感じがするのは否めません。

という事はスタッドレスタイヤが滑り易いのは、この水路が細いのが原因ではないでしょうか。

ちなみに、このスタッドレスタイヤはブリジストンのブリザックである事も、下の写真から分かります。


試験タイヤにあるBLIZZ(AK)のロゴ

ブリザックは、恐らく日本で一番売れているスタッドレスタイヤですので、これを試験用タイヤとして選択するのは、極めて妥当な判断と言えます。

ほぼ原因らしきものが分かったものの、乗り掛かった船ですので、なぜ水路が細いのかを、もう少し調べてみる事にします。


3. 昔のブリザック?


可能性の一つは、このブリザックは水路の細い昔のタイプではないかという事です。

何故そう思うのかについては、下のブリジストンの公式HPの記事を読めば分かって頂けると思います。


スタッドレスタイヤの進化は止まらない!発泡ゴム、30年におよぶ技術革新の記事

これをご覧頂きます様に、少なくともブリザックの歴史は、雪や氷結路におけるグリップ性能の向上だけでなく、ウェット性能向上の歴史でもある事が窺(うかが)えます。

その結果、当初よりどんどん水路を太くしていった様です。

逆に言えば、昔のブリザックは水路が細かったという事です。

だとしますと、JAFの試験に使われたスタッドレスタイヤはかなり昔のブリザックだったのではないでしょうか。

そんな訳で、早速調べてみます。

JAFの試験が行われたのが2015年3月ですので、それ以前に発売されたブリザックのタイヤパタンをと見比べて、ようやく見つけました。


JAFの試験で使われたと思われるブリザックREVO 1(2003~2006年)

どうやら試験で使われたのは、上の写真にあるブリザックのREVO 1の様です。

このタイヤが発売されたのが2003年で、次世代のREVO 2が発売されたのが2006年ですので、このタイヤの製造時期はその間という事になります。

だとしますと、JAFの試験が行われたのが2015年3月ですので、何と9年~12年前のタイヤを使って試験された事になります。

水路について調べ様と思ったら、予想外の事に気付いてしまいました。

タイヤの寿命はせいぜい4~5年と言われていますので、いくら何でも10年前のタイヤは古過ぎる(試験で使うのは適切ではない)でしょう。

ですので、乾いた路面でもスタッドレスタイヤの制動距離が伸びたのは、これが影響した可能性も十分あり得ます。


乾いた路面での制動試験結果

余り大きな声では言えませんが、弊サイトとしては乾燥路における制動距離は、スタッドレスの方が短いのではないかと考えているくらいです。

とは言え、タイヤの寿命はウェット性能に然程影響しないと思われるので、話を元に戻します。

先ほど添付したブリジストンの記事によれば、このREVO 1も先代のMZ-03より1.5倍水路を太くしたとあり、実際新品のタイヤの写真を見るとしっかり4本の水路が確認できます。

ですが、次世代のREVO 2(2006年発売)では更に水路を太くしたとありますので、こちらを試験していれば、もう少し制動距離が縮まったのは間違いないでしょう。


中央に太い水路が追加されたブリザックREVO 2

ですので、これも寄与度は小さいとは言え制動距離が伸びた理由の一つと言えます。


4. 5部山になって水路が細くなった?


そしてもう一つの可能性が、5部山になった事で(夏タイヤより)水路がもっと細くなってしまったのではないかという事です。

5部山のスタッドレスタイヤを新品と見比べると、光の当たり方やブロックのショルダー部がダレてきているせいもあるのでしょうが、どうも水路が細くなっている様に感じます。

 
5部山のスタッドレスタイヤと新品との比較

また、同じく試験で使われた夏タイヤと比べても、摩耗によって水路が細くなっている様に見えます。




夏タイヤだと摩耗によって水路が細くなっている様には見えない

ではなぜスタッドレスタイヤは摩耗すると、水路が細くなるのでしょうか?

下はかなり誇張して描いた説明用のイメージ図ですが、夏タイヤとスタッドレスタイヤのブロックの形状を表しています。


夏タイヤとスタッドレスタイヤのブロックの形状

夏タイヤの様に硬目のゴムでしたら、強度がある分タイヤのブロックを四角い形状にでき、摩耗しても水路は浅くなるものの太さ(幅)は変わりません。

一方スタッドレスタイヤの場合、ゴムが柔らかいので、ブロックの強度を確保するためにはどうしてもブロックを台形形状にする必要があり、5部山になると水路が浅くなると共に太さ(幅)も細くなるのではないでしょうか。

もしそうだとすると、スタッドレスタイヤが摩耗すると、どうしても夏タイヤよりウェット性能が劣る事になります。

更にブリザックの場合、他社と異なりゴムの中に気泡を入れた特殊な発泡ゴムを使用していますので、他社のスタッドレスタイヤに比べて更に柔らかく、それでより裾拡がりのブロック形状になっている可能性もあります。

もしそうだとすると、この試験結果は、サンプル固有の要因も含んでいるかもしれません。


5. ここまでのまとめ


以上で凡(おおよ)その事が分かってきましたので、一旦まとめを行ないたいと思います。

①JAFの試験によれば、5部山のスタッドレスタイヤの場合、濡れた路面の時速100kmの制動距離は、5部山の夏用タイヤより1.4倍も制動距離が延びる

②しかしながらスタッドレスタイヤのサンプル数はN=1で、そのサンプルタイヤは試験されるまでに製造から既に10年ほどが経過している。

③またサンプルタイヤの新品時の水路の太さは、最新の物より細目の設計になっている。

5部山タイヤの水路は新品時より細くなっている様に見えるが、この理由は柔らかいタイヤに起因している可能性がある。

⑤ブリザックの場合、発泡ゴムを使用しており、他社のスタッドレスタイヤより摩耗すると水路が細くなり易い傾向があるかもしれない。

⑦5部山のスタッドレスタイヤの制動距離が伸びた理由は、④の寄与度が最も大きいと思われるが、②と③と⑤の要因も考えられる事から、このN=1の試験結果をスタッドレスタイヤ全体の平均値と扱うのは少々無理がある。

⑧いずれにしろ、スタッドレスタイヤを常用する場合は、タイヤの水路が十分確保されているかどうかを確認し、もし水路が細かったり浅かったりダレてしまっている場合は、早めに買い替えを検討した方が無難である。


6. 真の原因


さて、殆どの方がが本書はこれで終了だと思われている事でしょう。

ですが、申し訳ありませんが本書は未だ続きます。

なぜならば、まだ本試験においてスタッドレスタイヤのウェット性能が低下した真の原因をお伝えしていないからです。

もしかしたらトレッドの水路が細くなったのが主原因だと納得して頂いているかもしれませんが、実はもう一つ肝心な事を見落としているのです。

実の所、弊サイトもまとめを書いていて、ようやく気付いたのです。

それは試験手順です。

動画には直接謳(うた)われていませんが、濡れた路面を乾かすのは難しいので、恐らく本試験は最初に乾燥路、次に濡れた路面の試験が行われたのは間違いないでしょう。

もしそうだとすると、

先ず乾いた路面で時速60kmの急ブレーキを3回

次に時速100kmの急ブレーキを3回

最後に時速60kmの旋回時の急ブレーキを3回

と、通常のタイヤが味わった事もないほどのストレスを受けた後、濡れた路面の制動試験が行なわれた事になります。

条件としては夏タイヤも同じなのですが、スタッドレスタイヤは夏タイヤより柔らかいので、そんな過酷な試験をされたらタイヤの表面は夏タイヤ以上にボロボロなったのは間違いありません。

ですのでただでさえ細い水路が、もっとつぶれて(塞がれて)しまた可能性は十分あります。

また下図の様に、異常なヒール&トウ摩耗(のこぎり摩耗)も発生していた事でしょう。(2020/11/1追記)


ヨコハマタイヤの偏摩耗の説明図

おまけに試験されたスタッドレスタイヤは製造後10年も経過して、ゴムの劣化も進んでいるのですから、なおさらです。

ですので本書としましては、濡れた路面で制動距離に大きな違いが生じた最大の理由は、試験直前に現実にはあり得ない強いストレスをスタッドレスタイヤに与えたからだと断言したいと思います。

例えは適切ではないかもしれませんが、既に現役を退(しりぞ)いた老兵に、いきなりやった事もない重装備の山岳走破をやらせ、その後に遠泳させて若い兵士とタイムを競わせた様なものだと言えば、この試験の理不尽さを分かって頂けるでしょうか。

ちなみにJAFのこの試験結果を十分認識しているであろうブリジストンの、本件に関連する公式見解は以下の通りです。


スタッドレスタイヤに関するブリジストンの公式見解

もし夏タイヤより制動距離が1.4倍も伸びる事態が現実に起こりうるのでしたら、こんな書き方はしないと思うのですが、いかがでしょうか。


7. 謝辞


なお最後にお断りをしておきますが、本書はこのJAFの試験結果について疑義を挟むとか、試験方法について批判するつもりは毛頭ありません。

結果が未知の試験を効率良く行なおうとすると、常にこの様な事があるものです。

すなわち試験結果を知ってから、あーすれば良かった、こうすれば良かったと思うのは、ごくごく普通の事なのです。

むしろ良くぞここまでやって頂けたと、感謝したいくらいです。

実際試験用タイヤを16本揃えて、それを時間に追われながら何度も付け換えて、それで計48回の制動試験と計24回の旋回試験まで行われたのですから、並み大抵の苦労ではなかったと思います。

これからも役立つ試験を実施して頂ける事を、切にお願いしたい次第です。

ただしもし次に似た試験を行う際は、(非常に難しいのは重々承知しているのですが)もう少し現実に即した方法で実施して頂きたいものです。

そして最後に言いたいのは、このJAFの試験結果は事実だが、現実には有り得ないという事です。




スタッドレスタイヤは本当に雨に弱いのか?
(現実にはあり得ないJAFの試験結果)





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