ブースターケーブルの接続手順は机上の空論だった
(ブースターケーブルはなぜプラスから接続するのか)

2010/01: 発行
2020/01: 更新


目次



1. はじめに


寒くなってきて天気予報に雪マークが表示されると、にわかにネットの検索件数が増えるのは、チェーンの巻き方とブースターケーブルの接続方法ではないでしょうか。

チェーンは現物を見れば何となく昔やった事を思い出しますが、ブースターケーブルの接続手順は決まりがあったのは覚えていても、最初にどこに繋ぐかは全く思い出せません。

という訳で早速ネットで調べると、どれもこれも判を押した様に全く同じで、以下の様に書かれています。

①バッテリーが上がったクルマの⊕端子→②救援車の⊕端子→③救援車の⊖端子→④上がったクルマの⊖端子ではなくエンジンの金属部分


一般社団法人電池工業会の説明図(クリックすると公式HPに飛びます

多少メジャーなHPですと、JAFや一般社団法人電池工業会、更にはアメリカのJAFにあたるAAA(トリプルA)においても同じ順番が書かれています。


AAAの説明図(クリックするとAAAの公式HPに飛びます

となると、これが正しいと盲目的に信じ込んでしまいますが、本当に正しいのでしょうか?

そして、この通りに行わないと、何か問題が起こるのでしょうか?

又そもそもなぜ、バッテリーの上がったクルマの⊕からケーブルを接続する必要性があるのでしょうか?


プラス同士とマイナス同士を接続するだけですので、順番なんかどうでも良い筈です。

という訳で、今回はその謎にじっくり迫ってみると共に、本件に絡んでちょっと面白い話をしたいと思います。

もしかしたらかなりお役に立つ話かもしれませんので、最後までお付き合い頂ければ幸甚です。


2. なぜバッテリーが上がったクルマの⊕端子から接続するのか?


では、なぜバッテリーの上がったクルマ(以降NG車と呼びます)の⊕端子から最初にケーブルを接続するのかという、極めて単純な疑問から話を進めていきたいと思います。

この場合、先ずは⊕の端子にブースターケーブルを繋ぎますので、うっかりの反対側のワニ口をNG車のボディーに触れさせたら、(バッテリーが弱っているとは言え)バチッと火花が飛んで、ボディーとワニ口の接触部を焦がして(溶かして)しまいます。


⊕の端子にブースターケーブルを繋ぐと、車体とショートさせる恐れがある

だったら一番初めに⊖同士を繋ぐ方が賢明でしょう。

これならば、ケーブルの片側がどこに触れても決してショートしません。

何故ならば、⊖端子は既に車体に接続されているからです。

とは言え、次に⊕のケーブルを接続すると同じ様な問題が発生します。

すなわち、2台のクルマの⊖端子同士を接続した後、⊕端子に接続したケーブルの反対側が車体に触れると、やはりバチッと音たててショートしてしまいます。


3. 接続方法を表にまとめるとどうなるか?


となると、結局どんな順番が一番良いのか分からなくなってきたので、これを表にまとめてみると以下の様になります。

少々複雑に見えるかもしれませんが、じっくり読む必要はありませんので、ご安心下さい。

1本目の接続手順 特徴 2本目の接続手順 特徴
A NG車の⊕から、OK車の⊕へ ケーブルの片側が、NG車に触れるとショート
ただしBの場合より軽微。
1 OK車の⊖から、NG車の⊖へ ケーブルの片側が、NG車に触れると(ショートではないが)電流が流れる事により多少火花は飛ぶ。
2 NG車の⊖から、OK車の⊖へ ケーブルの片側が、OK車に触れると(ショートではないが)電流が流れる事により多少火花は飛ぶ。
B OK車の⊕から、NG車の⊕へ ケーブルの片側が、OK車に触れるとショート
ただしAの場合より甚大
3 OK車の⊖から、NG車の⊖へ ケーブルの片側が、NG車に触れると(ショートではないが)電流が流れる事により多少火花は飛ぶ。
4 NG車の⊖から、OK車の⊖へ ケーブルの片側が、OK車に触れると(ショートではないが)電流が流れる事により多少火花は飛ぶ。
C NG車の⊖から、OK車の⊖へ ケーブルの片側が、どこに触れてもショートしない。 5 OK車の⊕から、NG車の⊖へ ケーブルの片側が、OK車に触れるとショート。ただし10の場合より甚大。
またNG車に触れると、電流が流れる事により多少火花は飛ぶ。
6 NG車の⊕から、OK車の⊕へ ケーブルの片側が、NG車に触れるとショート。ただし9の場合より軽微。
またOK車に触れると、電流が流れる事により多少火花は飛ぶ。
D OK車の⊖から、NG車の⊖へ ケーブルの片側が、どこに触れてもショートしない。 7 OK車の⊕から、NG車の⊕へ ケーブルの片側が、OK車に触れるとショート。ただし12の場合より甚大。
またNG車に触れると、電流が流れる事により多少火花は飛ぶ。
8 NG車の⊕から、OK車の⊕へ ケーブルの片側が、NG車に触れるとショートする。ただし11の場合より軽微。
またOK車に触れると、電流が流れる事により多少火花は飛ぶ。
注:黄緑箇所が推奨手順を示す

この場合、1本目を繋ぐ順番はA~Cの4通りあり、それぞれにおいてその次にNG車から繋ぐか、OK車から繋ぐかの2通りがありますので、全部で#1~8の8通りの接続方法があります

この表をご覧頂きます様に、8通りの接続方法のどこにでも赤字のショートの文字がありますので、誤ってショートさせるリスクはどの方法でも大差はないと言えます。

すなわち1本目に⊕同士を接続しようとすると前半にショートさせる可能性があり、2本目で⊕同士を接続しようとすると、後半にショートさせる可能性ができてしまいます。

ですので、最初に⊕同士を接続するか、或いは後半に⊕同士を接続するかは、全く以て重要ではないと言えます。

ただしこのショートの赤文字に細字と太字があるのに気付いて頂けましたでしょうか?

これは太字より細字の方が、ショート時のダメージが少ない事を表しています。

何を言いたいかといえば、いずれの極性同士を先に接続するにしても、最初にNG車の端子を接続した方が、誤ってケーブルの片側を車両に接触させた(ショートさせた)場合のダメージを低く抑えられる事です。

ただし繰り返しになりますが、最初に⊕同士を接続する理由にはなりません。


耳より情報

ここで面白い話をお伝えしましょう。

上の表にある”#”ですが、恐らく大多数の方はシャープと読まれるでしょう。

ですがそれは間違いです。

シャープは”♯”で、横棒が傾いているのです。

では”#”は何と読むかですが、日本では井形(いがた)とも呼ばれますが、英語ではナンバーと呼ぶのです。

すなわち”#”とはNo.と同じ読みで、且つ同じ意味なのです。

エクセルを使っているとたまにエラー表示として”#DIV/0!”の様に”#”の文字を見ますが、これは数値を表しているのです。

覚えておいて損はありません。

ちなみに”#DIV/0!”とは、数値(#)を0で(/)割って(DIV:DIVIDEDの略)いるからエラー(!)だよの意味です。


4. なぜ最初に⊕同士を接続するのか?


恐らく誰もがショートが最も気になる事でしょうが、実はそれが理由ではないのです。

何と最初に⊕同士の接続を勧めるのは、充電時にバッテリーから発生する水素ガスに引火しない様にするためなのです。

前述の表にあります様に、一番最後にブースターケーブルをバッテリーの端子に接続すると、僅かながら火花が飛びます。

この火花が、バッテリーから発生する水素ガスに引火するのを心配しているのです。

爆発するほどの水素ガスがバッテリーから発生するかどうかはさて置き、もし水素ガスが発生しているとしたら、そのリスクを一番抑える方法を考えてみましょう。


5. 水素ガスに引火し難くするにはどうすれば良いか?


この場合、NG車とOK車の2台ありますが、水素ガスの発生量が低いのは、当然ながらバッテリーの弱っているNG車の方です。

ですので、ブースターケーブルを一番最後に接続するのは、水素ガス発生の少ないNG車が良い事になります。

さらに水素ガスはバッテリーの周辺に濃く存在している筈なので、ブースターケーブル接続時の火花による引火を少しでも避けたいのならば、できるだけバッテリーから離れた所でブースターケーブルを接続できるのが一番望ましいと言えます。

となると、ブースターケーブルを一番最後に接続する極性は、フレームに接続できる⊖でなければなりません。

何故ならば、バッテリーの⊖端子はフレーム(車体)に接続されているからです。




6. 一番安全な接続手順は何か?


さあ、これで一番安全にブースターケーブルを接続するための条件が全て揃いました。

前記しました条件を全て集めると、以下の3点になります。

①いずれの極性同士を先に接続するにしても、最初にNG車の端子を接続した方が、誤ってケーブルの片側を車両に接触させた(ショートさせた)場合のダメージを低く抑えられる

②ブースターケーブルを一番最後に接続するのは、水素ガス発生の少ないNG車が良い

③ブースターケーブルを一番最後に接続する極性は、フレームに接続できる⊖でなければならない。

上の3条件を見て既に気付かれたかもしれませんが、この3つ条件を満たすには、例の推奨接続手順しかないのです。

先ず、なぜ最初に⊕同士を接続するかについては、③の理由により一番最後に⊖を接続したいからです。

次に、なぜ⊕のNG車から接続するのは、①の理由により、万一車体とショートした場合のダメージを少なくしたいためです。

最後に、⊖同士を接続する際、なぜOK車から接続するかについては、②の理由により一番最後にNG車のフレームに接続したいからです。

話が非常に長くなってしまいましたが、これで推奨接続手順の理由が分かって頂けたと思います。

ですが、いつもの通り本書の話はこれでは終わりません。


7. 本当にこの手順を守る必要性があるのか?


本書が取り上げたいのはここです。

この手順を守って、果たしてどれだけのメリットがあるかという事です。

逆に言えば、この手順を守らないとどんな危険性があるのでしょうか?

本当に水素爆発が起きるのでしょうか?

となると、知りたいのは水素爆発の可能性です。

ですが、下記する理由により、現実的には起こり得ないと考えられます。

8. 発生する水素ガスの量は限りなく少ない


確かにバッテリーを充電すれば水素ガスが発生します。


実際充電中に補水口からバッテリーの中を覗くと、ブクブク水素ガスが泡立っているのが見えますし、耳を近づけると泡立つ音も聞こえます。

ですがそれはあくまでも充電中であって、ブースターケーブル接続時はいずれのバッテリーとも充電中ではありません。

よしんば救援車が直前までエンジンを掛けて充電中だったとしても、その水素ガス発生量は極めて軽微なのは間違いありません。


補水口キャップのガス抜き穴(赤丸部)

何しろ通常のバッテリーの補水口は閉まっていて、補水口キャップには非常に小さな穴しか開いていないからです。

もし爆発するほどの水素ガスが発生するならば、キャップを開けなければバッテリー自身が破裂して却って危険です。

更には、メンテナンスフリーの密閉型のバッテリーは、充電中に発生する水素ガスを逃がす事ができないので、決して急速充電してはいけない事になっています。

それでも爆発するほどの水素ガスが発生するというのでしょうか。


9. 水素ガスは滞留しない


さらにブースターケーブルの接続は屋外で行われ、その際ボンネットも空いています。


おまけに水素は空気よりもはるかに軽いのです。

一体どうやれば爆発するほど水素ガスがバッテリー周辺に滞留できるのでしょうか?


3. 過去バッテリーが水素爆発したという話は一切聞いた事がない

これでほぼトドメでしょう。

今までにバッテリーが水素ガスで爆発した、或いは水素ガスに引火したという話を聞いた事があるでしょうか?

少なくとも本サイトが知る限り、その様な話は一度も聞いた事がありません。

ネットで調べると爆発した事があると書かれている記事はありますが、日時と場所と原因まで特定されている記事は一切見つかりませんでした。

よしんば実際に合ったとしても、それは(バッテリーを長時間ショートさせた様な)かなり異常でレアな事故と推測されます

以上の理由により、水素ガスに関して現実的な心配は無用と判断します。


10. 水素ガスは100%無視して良いのか


ただし以上の様な話をすると、それでは100%安全と言えないので、無責任な主張だとの指摘をする方が必ず居ます。

だったらその方に問いたいと思います。

貴方や貴方の家族や近所の子供達が、明日交通事故に遭う確率はゼロではありません。

にも関わらず、貴方はご自分はおろか、何故ご家族や子供たちが外出するのを止めないのですかと。

それは甚だ無責任ではないですか、と問いたいと思います。

また少しでも安全サイドで行うべきだとの指摘もあるかもしれませんが、それこそ机上の空論で、屋外で作業を行う限り、どちらから接続しようが、有意差は無いと確信します。

そんな事より、ただでさえ危険な路上で、プラスから接続するかマイナスから接続するかでオロオロ戸惑ったり、スマホで接続方法を見ながら作業をする方が、よっぽど危険ではないでしょうか。


11. 自然界にゼロは存在しない


さていよいよ本題に近付いてきました。

小説にしろ映画にしろ原作者が伝えたいのは、実はストーリー自体ではなくストーリーの合間に主人公が呟いた何気ない一言だったりするものです。

太宰治も言っています。

小説は、たった一行の真実を言いたいばかりに百頁の雰囲気をこしらえている。

では本書の場合、ここで何を言いたいかと言えば、世の中に100%安全なものなど無いという事です。

ですので、前述の話の様に、交通事故を心配していたら外出もできなくなり、1億円の宝くじが当たると真剣に思っていたら、それだけでまともな生活ができなくなります。

そこで本書が言いたいのは、非常に発生率の少ない事象は、現実社会ではゼロと扱うべきであるという事です。

ではそれがどれくらいかの発生率かと聞かれれば、100万分の1程度の発生頻度であれば、ゼロと扱うべきではないでしょうか。

100万分の1の根拠を聞かれると甚だ困ってしまうのですが、1万分の1(すなわち万が一)は有り得るかもしれないが、その100分の1は、死ぬまで遭遇する事は無いだろうという極めて甘い根拠です。

ですので、明日交通事故に遭う確率はゼロですし、今後宝くじに当たる確率もゼロと扱うべきだという訳です。

確かに交通事故に遭う人もいますし、宝くじで1億円以上を当てる人も居ます。

ですが、それは現実的にはゼロと扱うべきだという事です。

そう考える事で、無駄な保険に入る必要もなく、当たりもしない宝くじを買う必要もありません。

ゼロと扱う閾値(threshold)を100万分の1にするか、1000万分の1にするかはお任せしますが、どこかで閾値を決める事で、無駄な出費と気苦労をかなり抑えられます。


12. まとめ


さてまとめです。

本書の主張である、非常に発生率の少ない事象は、ゼロと扱うべきであるにご同意頂けるかどうか不明なのですが、本書としましては、このブースターケーブルの接続手順は全くもって役立たずなだけでなく、むしろ危険だと断言したいと思います。

なぜならばブースターケーブル接続時に、現実的には起こり得ない水素ガス爆発を想定しているからで、そのために危険な路上で却って作業に手間取る事になるからです。

ですので、万一クルマのバッテリーが上がって救援車とブースターケーブルを繋ごうと思ったら、好きな順序でさっさと接続して頂ければと思います。

それこそが、論理的で定量的で合理的で責任ある行動が執れる現代人の証だと確信します。

長くなってしまいましたが、本書がお役に立てば幸いです。




9-10. ブースターケーブルの接続手順は机上の空論だった/第9章:雑学





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