小学生でも分かるトルクと馬力の話
(本当に早いクルマとは?)
2016/04: 発行
2020/01: 改訂
2020/01: 改訂
第9章:雑学
(エンジンオイルの話)
9-10. エンジンオイルは高いほど良いのか?
次はエンジンオイルです。
カー用品店や量販店にいけば、さまざまのエンジンオイルが売られています。
値段で言えば、1缶(4L)千円前後から果ては何と1万円近いものまであります。
効果の程が良く分からない添加剤を入れて高くなっているだけではないかと思いきや、エンジンオイルのグレードについてはAPI(American Petroleum Institute)規格でしっかり分類されている様です。
APIのエンジンオイルのグレードに関するチャート
となると、やはりエンジンオイルは高いほど良いのでしょうか?
それを知るために、エンジンオイルに対してどんな試験が行われているのか調べてみる事にしました。
すると、以下の様に数々の試験が行なわれています。
No. | 試験名 | 目的 |
1 | 薄膜酸化試験 | 耐酸化性を評価 |
2 | 高温/高せん断試験 | 過酷条件での耐久性を評価 |
3 | ノクア揮発試験 | 蒸発損失性を評価 |
4 | 流動点試験 | 流動する最低温度を評価 |
5 | 全塩基価試験 | エンジンの燃焼中に形成される酸を抑制するアルカリ性の評価 |
6 | 低温クランク シミュレーション |
低温及び高せん断速度での潤滑剤の見かけ粘度を評価 |
7 | 4球摩耗試験 | 4つの剛球を使用して潤滑剤の摩耗保護特性を評価 |
もしかしたら、これ以外にも行われているかもしれませんが、それにしてもかなりの量です。
となったらグレードの高いオイルは、当然良いオイルと言えるでしょう。
実際自動車メーカーにおいても、グレードの高いオイルですと、推奨交換時期を1.5倍に伸ばしています。(とは言え1.5倍ですので、1000円のオイルを基本にすれば1500円の価値しかありませんが)
ただし、ここで問題が発生します。
グレードの高い高価なオイルを使ったら具体的にどう良かったのか、我々ユーザーには効果を測る手段がないという事です。
さすがに異音がするとか、焦げたにおいがするとか、何かしたら顕著な問題が発生したら分かり易くて良いのですが、どんなに格安のオイルを入れてもそんな事はまず起きません。
また高いオイルを入れたらエンジンがスムーズになった、滑らかになった、静かになった様な気がしますが、それとてもあくまで主観であり、客観的な評価ではありません。
実際安いエンジンオイルに変えただけでも、プラセボ(偽薬)効果で調子が良くなった気がします。
さらに、長年安いエンジンオイルを使い続けた中古車と、高いエンジンオイルを使い続けた中古者を乗り比べて違いの分かる人などいないでしょう。
と言うと、イヤやっぱり高いと違うと思われている方はそれでも良いのですが、本書としては安いオイルを定期的交換するのをお勧めしたいと思います。
なお実際にあった話ですが、ある日いつもの様にカー用品店にある一番安いエンジンオイル(粘度はメーカー指定品)を発注したら、若い店員からそれでは夏場に問題が発生すると忠告を受けました。
そう言われれば、普通の人なら躊躇するかもしれませんが、余計なお世話というよりも、何の数値的根拠もなく高い物を買わせるのは悪徳商法と言うべき対応です。
恐らくその若い店員も経営者からそう言う様指示を受けていたのでしょうが、もしそうならばそんな問題の発生する商品を棚に置くなと、経営者に忠告する気概がほしいものです。
9-11. エンジンオイルの交換時期
さて、エンジンオイルのグレードの次に悩むのが、交換時期です。
これはどなたも同じように感じていらっしゃるでしょう。
うっかりフルサービスのガソリンスタンド、カー用品店、自動車整備工場に立ち寄ると、口を揃えてエンジンオイルの交換時期だと言います。
オイルぐらい大した儲けにならないだろうと思われるかもしれませんが、実は高価なオイルを売るよりも頻繁にオイル交換をして貰った方が、得なのです。
なぜならば、これで顧客囲い込みの足掛かりになりますいし、オイル交換手数料とその待ち時間に飲み物を買ってくれたり、必要の無いカー用品を購入して貰えたり、場合によってはETC付きクレジットカードにも入会して貰える可能性があるので、業界にとっては一粒で2度3度4度おいしい商品なのです。
そのため、あの手この手でオイル交換を迫ってくるという訳です。
このため、ほらもうこんなにオイルが黒いですよゲージ棒を差し出してきたら、オイルがそれだけしっかり付着していればまだまだ大丈夫だ、とすかさず切り替えしてやりましょう。
また目安になる交換時期については、クルマの説明書にある1万km~1.5万km、もしくは1年で全く問題ありません。
このメーカー指定の交換時期ですが、燃費データと違って、この交換時期の長短でクルマの販売台数が左右される訳ではないので、メーカーとしては十分マージンを持たせた値を表示しています。
ですのでこの期間以下で交換する必要は、全くありません。
と今までは自信を持って言い続けていたのですが、ここで新たな問題が発生しました。
それがシビアコンディションです。
9-12. シビアコンディション
ホンダのHPには以下の様に書かれています。
こんな走行状況はシビアコンディションです。
目安として下記のいずれかでの走行が走行距離の30%以上の場合、シビアコンディションに該当します。
1 | 悪路(デコボコ道、砂利道、未舗装路)での走行が多い 悪路の目安 ・運転者の体に衝撃(突き上げ感)を感じる荒れた路面 ・石をはね上げたり、わだち等により下廻りを当てたりする機会の多い路面 ・ホコリの多い路面雪道での走行が多い |
2 | 走行距離が多い(目安:20,000km以上/年) |
3 | 山道、登降坂路での走行が多い (目安:登り下りが多く、ブレーキの使用回数が多い) |
4 | 短距離の繰返し走行が多い(目安:8km/回) |
5 | 外気温が氷点下での繰り返し走行が多い |
6 | 低速走行が多い場合(目安:30km/h以下) |
7 | アイドリング状態が多い |
悪路走行の様にエンジンに負担を掛けるときだけだと思ったら、何故か短距離走行や低速走行も入っています。
更に良く読むと、1回の走行が8km以内、もしくは時速30km以内の走行が、全体の30%以上ならば、このシビアコンディションに該当するそうです。
となると、恐らく通勤や買い物がメインの場合、大半のクルマがこのシビアコンディションに該当する事になるでしょう。
その場合、エンジンオイルの交換時期は半分の5000~7500kmにしなければならないのです。
そしてなぜこれがシビアコンディションに該当するかというと、短距離走行や低速走行の場合、エンジン内の温度が低いため、クランクシャフト側に漏れた未燃焼ガソリンがエンジンオイルと混ざってオイルを劣化させるというのが理由だそうです。
すなわちエンジンをコールドスタートする回数が多いと、エンジンオイルが劣化し易いという訳です。
確かに潤滑オイルの中に揮発溶剤が入れば、ベトベト感(粘性)が無くなるというのは確かです。
ですがこの目安となる数値を見ると、どうも奇妙な気がしませんでしょうか?
すなわち、1回の短距離走行が長い場合と短い場合とで、それほどエンジンをコールドスタートする回数に違いがあるのでしょうか?
という訳で、早速計算してみたいと思います。
シビアコンディションの場合
下の図は、1万km走る間に8km/回の走行を30%、16km/回の走行を70%行った場合(すなわちシビアコンディション)でのエンジンをONした回数を示しています。
シビアコンディションで1万km走った場合のエンジンON回数
この場合、1万km走る間に計813回エンジンをコールドスタートしていますので、これでは未燃焼ガソリンがオイルを劣化させてしまうので、5000~7500kmでオイル交換しなければならいという訳です。
ですので、もし同じ比率でシビアコンディションにおける推奨オイル交換の5000km走った場合のコールドスタート回数は、上図の半分である407回になります。
シビアコンディションにおける推奨オイル交換の5千km走った場合のエンジンON回数
この二つを見ると、確かにコールドスタートの回数は半減して、その効果はあると思えます。
シビアコンディションではない場合
ところが、次に全走行(1万km)を毎回16km/回で走行したら(すなわちシビアコンディションではない場合)どうなるか計算すると奇妙です。
ノンシビアコンディションで1万km走った場合のエンジンON回数
上の図をご覧の様に、16km/回での走行を繰り返すと、コールドスタートの回数は625回にも達してしまいます。
シビアコンディションにおいては、コールドスタートの回数は407回以下にしなければオイルは劣化すると言いながら、シビアコンディション外でも1万kmではコールドスタートの回数は625回にも達しているのです。
恐らくこの内の何回かはエンジンが温まった状態のホットスタートを想定しているのでしょうが、それはシビアコンディションでも同じ事なので、何だこれは、と言った感じではないでしょうか?
もし厳密にエンジンスタートの回数を407回以下に抑えるのであれば、この場合6512kmでエンジンオイルを交換しなければなりません。
という訳で、このシビアコンディションにおける交換時期は、どうも説得力が欠ける様な気がします。
そもそも多種多様な乗り方のクルマにおいて、二者択一のオイル交換時期というのもかなり無理があります。
クルマの使用条件に最適なエンジンオイル交換時期を提供すべき
ですので多少手間でも、ユーザーが自分の走行パタンから計算できるエンジンオイル交換時期を提供するのが、メーカーにとって最良の顧客対応と環境対応と言えるのではないでしょうか。
さらに付け加えれば、今時どんなクルマにもコンピューターが搭載されているのですから、エンジンを何回ONしたか、或いは1回に何km走行したか、その際平均スピードは何km/hであったか、更にはエンジンの水温や回転数も分かるのですから、クルマが自動的にオイル交換時期を算出して表示するのが一番利に叶った方法と言えます。
一部にはそういった機能を備えたクルマも既にありますので、車載コンピューターやNAVIが当たり前の世の中なのですから、是非全車にその機能を備えてほしいものです。
十年一日の様にエンジンオイルの交換時期について不毛な議論をするのは、いい加減に止めにしたいものです。
オイルの劣化度を測定できないものか
もう一つ言わせて頂ければ、オイルの劣化度を定量的に測る術はないのでしょうか?
エンジンオイルの粘度を測る手段はないものか
ゲージに付いたオイルの色や、指に付けて擦って占い師の様に判断するのは、いいかげん止めたいものです。
当然ながらオイルの粘度測定器は既に存在しているものの、装置は大きいし、オイルの種類や温度によっても粘度が異なるため、そう簡単には劣化度は掴めません。
そうは言ってもこれだけ環境問題が騒がれる昨今、エンジンオイルの劣化度くらい測定できないものでしょうか。
結論
長くなってしまいましたが、ここでのまとめとしては、エンジンが冷えた状態で走る回数が400回程度に達したらエンジンオイルを交換しろと自動車メーカー(ホンダ、マツダ、日産等)は勧めているが、すんなりとは納得し難い話である、としたいと思います。
なおトヨタのシビアコンディションの条件は以下の様になっており、妥当性があり非常に好感がもてます。
悪路走行が多い、走行距離が多い、山道など上り下りの頻繁な走行等
で、結局エンジンオイルの交換時期は一体いつが良いかと訊かれたら、やっぱり自分で判断するしかない、という月並みな結論に落ち着きそうです。
9-13. エンジンオイルの粘度
最後にエンジンオイルの粘度の話です。
一昔前でしたら、10W-30(零下20℃に対応の粘度レベル30)前後が一般的だったのですが、最近のクルマは0W-20 (零下30℃に対応の粘度レベル20)が一般的になってきました。
JAMA(日本自動車工業会)の調べによれば、2011 年末の時点で新車出荷時に0W-20 を採用した車両の新車販売台数比率は約97%、0W-20 で出荷された保有車両比率も50%を超えたと推定され、エンジンオイルの低粘度化率は予想以上に市場に浸透してきている様です。
ご存じかもしれませんが、粘度の低いエンジンオイルを使うと間違いなく出力がアップし、実際(プラセボ効果と言われるかもしれませんが)それを体感できます。
例えば、自転車のチェーンにグリスを塗った場合より、スプレー式の潤滑剤を吹きかけた方が、ペタルが軽くなる事が容易に想像できると思います。
ただし潤滑剤の効果が長続きするのは、粘性の高いグレースの方だというのも、納得し易いと思います。
最近のクルマは、低燃費が最優先のため、この低粘度のエンジンオイルに合わせてエンジンの部材を調整していますので、徒(いたずら)に粘度の低いオイルに変える訳にはいきませんが、知っておいて損のない話でしょう。
いつかガソリンスタンドに行くと、0W-20 のオイルしか棚にない日が来るかもしれません。
となると、やっぱり最も安い0W-20 のエンジンオイルをコマメに交換するのが一番良い様な気もしないではありません。