小学生でも分かるトルクと馬力の話
(本当に早いクルマとは?)

2014/06: 初版
2016/05: 改訂

第11章:サスペンション
11-2. スタビラーザーの効果とは



1. はじめに


スタビライザーとは、本来“安定させるもの”という意味なのですが、何故か日本ではこれを付けるとコーナリング特性が格段に良くなると思われています。

本当なのでしょうか?

前節のサスペンションが固ければ早いと誤解されている事を含めて、スタビライザーのしくみをじっくり解き明かしたいと思います。

でもその前に、車軸懸架と独立懸架の話を是非させて下さい。

既にご存じとは思うのですが、これを知らないでスタビライザーの話は語れません。


2. 車軸懸架と独立懸架


先ず車軸懸架とは、今ではトラックの後輪くらいしか使われていませんが、左右の車輪が1本のシャフトで繋がった状態でサスペンションに支えられています。


1本のシャフトで繋がった車軸懸架

このため構造は簡単なのですが、片側の車輪だけが段差を乗り越え様とすると、サスペンションがあってもシャフトが傾くため、どうしても車体自体も傾き易くなり、結果的に乗り心地が悪くなります。

車軸懸架における車体の傾き

一方独立懸架の場合、読んで字のごとく左右の車輪が独立して支えられています。


左右のアームが独立して動く独立懸架

ですので、片側の車輪が段差を乗り越えても、車体自体の傾きを比較的水平に保つ事ができます。

独立懸架における車体の傾き

このため今では殆どの乗用車が独立懸架を採用しています。

ここまで読むと良い事づくめの独立懸架ですが、実は短所もあるのです。

それはコーナリングでロール(傾き)が発生する事です。

上の図の一番右の絵をご覧頂きます様に、クルマがカーブを曲がると、独立懸架の場合遠心力で車体の重心が外側に引っ張られる事でカーブの反対側に車体が傾き易くなります。


右旋回時に車体は外側にロールする

一方車軸懸架の方は、左右の車輪がシャフトで繋がっているため、車体を水平に維持し易いのが、何となく分かって頂けると思います。

上の絵は少々誇張して書いていますが、それぞれの特徴を掴んで頂けたでしょうか?


3. スタビライザーとは


それでは、いよいよスタビライザーの話です。

スタビライザーとは一体何かなのですが、下の左の写真にある様にコの字型をしたただの鉄の棒です。(正確に言えばバネ棒です)


このコの字型のバネ棒がどうなっているかと言えば、下の図の様に両端が左右のサスペンションに接続され、中央部分が2個の金具(棒は回転する)で車体に固定されています。

これが何をするかと言えば、左右のサスペンションの伸びに差が生じたら、それを均等に近付け様と働くのです。


片側のサスペンションが上がると反対側も上がる

そう聞くとまるで魔法の杖の様にも聞こえますが、早い話が上図の矢印の様に、もし片側のサスペンションが上がると反対側も上げ、片側が下がれば反対側も下げるといった、まったくもって単純な機構なのです。

ですので、もしこの棒を思いっきり太くすると、左右のサスペンションは(折角の独立懸架を台無しにして)同じように上下する事になります。

なおネットで調べると、スタビライザーについて以下の様な説明がありますが、これは明らかに間違いです。

左右のサスペンションの位置に差異が生じた時にだけスタビライザーが捻じれ、その復元力により車体のロールを抑えます。

復元力ではなく、単純なリンク機構により、左右のサスペンションの伸びを均等に近づけ様とするのです。

ただしバネ棒ですので、左右のサスペンションの伸びは完全に同じにはなりません。


4. 動作メカニズム


そこまで分かった所で、このバネ棒(下図の青い棒)が走行時にどう働くかを、①直進時、②片側段差通過時、③コーナリング時に分けて、これからじっくり説明したいと思います。


①直進時

下の図は、3台の車が平坦な道をまっすぐ走っている状態を表しています。


一番左が普通の4輪独立懸架のクルマ、中央が左の4輪独立懸架のクルマにスタビライザーを装着したクルマ、一番右が車軸懸架のクルマです。

まっすぐ走っているときは、左右のサスペンションの長さは同じですので、スタビライザーは何の働きもしません。

当然ながら、車体も水平です。


②片側段差

次に、片側の車輪が段差に乗り上げたらどうなるでしょう。

当然、段差側のバネは圧縮されます。

このとき、もしスタビラーザーが無ければ反対側のバネは通常状態を維持しますので、車体も比較的水平を保てます。(左下の図参照)


ところが、スタビライザーが付いていると、これによって反対側のスプリングも無理やり縮められますので、スタビライザーが付いていないときよりも、車体は傾く事になるのです。(中央の図参照)

また一番右の車軸懸架のクルマは、左右のタイヤが1本の軸で繋がっているため、サスペンションがあってもどうしても車両は傾きます。

という訳で、スタビライザーを付けたクルマが片側段差を乗り越えると、独立懸架と車軸懸架の中間の挙動を示します。

ただしスタビライザーを太くし過ぎると、4輪独立懸架の効果が無くなり、車軸懸架と同じ挙動になってしまいます。

またスタビライザーには、もう一つ別の弊害があります。

図にはありませんが、轍(わだち)を斜めに横切った場合、左右のタイヤが交互に段差を乗り越えます。

その場合、スタビライザーの揺り返しの反動と路面のうねりが重なって、車体が大きく左右に振られる事になります。


結果的に、更なる乗り心地の悪化を招きます。


③コーナリング

逆にコーナーではどうなるのでしょう。

コーナーでは、車体上部が遠心力で外側に傾いて、内側のバネが伸びたら反対側のバネも伸ばそうとします。

このため、下の図の様に4輪独立懸架は車体が大きく傾くのに対して、スタビライザー付きは車体の傾きを抑える事ができるのです。


スタビライザーを付けると乗り心地は悪くなるものの、車体のロールを抑えるというのは、まさにこの理由なのです。


④まとめ


ですのでスタビライザーを付けるという事は、下の図をご覧頂きます様に、独立懸架と車軸懸架の中間の特性を目指したものと言えます。

独立懸架

スタビライザー付き独立懸架

車軸懸架


これでスタビライザーのメカニズムをご理解頂けたでしょうか。




5. ロールが抑えられるとどうなるか


と通常の自動車雑誌の説明でしたら、ここでおしまいなのですが、本書ではまだまだ続きます。

問題はロールが抑えられて、何がどう変わるかです。


右旋回時のロール

ご存じの様にロールとは旋回時の車体上部の傾きですので、その傾きがどうであれ、カーブでクルマの重心が外側に引っ張れ、それに伴って内側のタイヤの接地力が低下するのは同じ事です。

下の図は、以前(第11章:サスペンション I)お見せしたサスペンション有り無しにおける、旋回時のクルマの挙動を示しています。


これと同じ様に、スタビライザーを付けてロールを抑え過ぎる事によって、却って早く内側のタイヤが浮き始める可能性すらあります。

何が言いたいかといえば、スタビライザーを付けてロールを抑えても、旋回性能が格段に向上するわけではなく、むしろ場合によっては、弊害だらけになる可能性すらあるという事です。


6. 横揺れ防止


ただし、これでスタビライザーの説明は終わりではありません。

実はスタビライザーの本来の目的は、ロールを抑えるだけでなくもう一つ別の目的があるのです。

話を本項の最初に戻しましょう。

スタビライザーとは本来“安定させるもの”を意味するとお伝えしましたが、実はもう一つ別の意味があるのです。

それは“揺れ防止”です。

もしかしたら車高の高いクルマを運転したら経験があるかもしれませんが、横風等によるクルマの左右の横揺れはドライバーにかなりの恐怖心を与えます。

下のトラックのケースはかなり極端ですが、普通の乗用車であっても横風が強いと肝を冷やしてしまいます。


横風とそれに伴う横揺れは本当に怖い

スタビライザーは、車体が左右に振動した際、(左右のバネの伸びの差を減らす効果から)その揺れを早く抑え込む事ができるのです。

とは言え、サスペンションの節でお話しました様に、スタビライザーについても、他の全サスペンションの減衰率を絡めてかなり複雑な計算や評価が必要ですので、適当な太さのバネ棒を装着しただけでは弊害だらけになるという訳です。

なおこの横揺れ防止は、あくまでも横風の様に車体上部への外乱の影響に対してで、地面からタイヤを伝わってきた横揺れは、(前述の様に)スタビライザーによってむしろ助長される事になります。


7. まとめ


という訳で以上をまとめると、以下の様になります。

①平らな道を真っすぐ走っている限り、スタビライザーは何も機能しない。

②左右のタイヤが異なる動きをする悪路では、スタビライザーを付けると乗り心地が明らかに悪化する。

③また轍を斜めに横切る場合の様に、左右のタイヤが交互に段差を乗り越えると、横揺れを助長する。

④平らな道を高速で曲がる場合、スタビライザーを付けると車体上部のロールが抑えられる。
ただし旋回性能が、大きく上がる訳ではない。

⑤風等の外乱による左右の横揺れを抑える事があるが、車高の低いクルマにおいては効果は限定的である。



8. 最後に


そして、ここまで読んで頂いてもなおスタビライザーを追加したい方へのアドバイスは、以下の通りです。

スタビライザーの追加には、サスペンションの交換以上に慎重にならなくてはいけない。

端的に言ってしまうと、減衰率の計算も、まして実評価も行われていない様なショップの製品は止めた方が無難です。

更にスポーツカーの様に低重心のクルマの場合、それ自体で既に非常にロールし難い構造でありながら、それにスタビライザーを付けるのは正に愚の骨頂とさえ言えます。

ましてや強化スタビライザーと呼ばれる、殆どバネ効果のない鉄の棒を付けたら、弊害だらけになってしまいます。


9. おまけ(スタビライザー付き軽自動車)


ところでスタビライザーに関して、最近ちょっと興味深い事を知りました。

よもや軽自動車にスタビライザーが全車種標準で付いているクルマは無いと思っていたのですが、何と存在しているのです。

その1台が現在人気のスズキのハスラーで、もう1台がダイハツのムーブです。

    
         ハスラー                 ムーブ
ハスラー

先ず、ハスラーにスタビライザーが付いている理由ですが、これは至極明快です。

ハスラーはワゴンRのプラットホームを流用してSUV嗜好の大径タイヤを採用した事から、最低地上高が30mmほどワゴンRより上がり、必然的に重心が上方に移動しました。

これに伴って当然ワゴンRよりもロール(カーブでの車体の傾き)が大きくなるため、悪路での乗り心地を多少犠牲にしてでも、ロールを抑えるためにスタビライザーを追加したのでしょう。

ですが実際に乗ってみると、明らかに弊害をの大きさを感じます。

もし興味がありましたら、こちらをご覧ください。

ムーブ

一方ムーブについては、一体何故なんでしょう?

ムーブのマイナーチェンジ前は、一部のスポーツタイプとスバルにOEM供給していたステラに、スタビライザーが付いていました。

これらについては、スポーティー性を訴えたい営業上の理由から付けていたのは分からないではないのですが、マイナーチェンジ後は全車種に標準装備となっています。

メーカーのコメントによれば、スタビラーザー装着に伴う乗り心地の悪化を抑えるため、わざわざサスペンションを軟らかくしているそうです。

ですが、軽自動車の一般ユーザーが、重さ3kgの鉄棒(スタビラーザー)を追加しなければいけない様なスピードでカーブに進入する機会が頻繁にあるとは、到底思えません。

恐らくこの次のムーブでは、間違いなくスタビライザーは削除されると予言しておきます。

脱線

ところで、またまた脱線です。

スズキのハスラーですが、実は何と40年以上も前に既に存在していたのです。

それが以下のバイクです。


スズキのハスラー

懐かしく思う方も、いらっしゃるのではないでしょうか。




11-2. スタビライザーの効果とは/第11章: サスペンションの話し





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