小学生でも分かるトルクと馬力の話
(本当に早いクルマとは?)

2017/4/6(木):発行

第6章:トルクと加速度の関係
(ニュートンの第2法則を使って、トルクから加速度を求める



6-9. 0-100km/hタイムの罠
(アテンザ XD v.s. ミニクーパー)

2017/4/6(木):発行

以前6-6. 加速度計算の応用編において、計算上はトヨタ86よりCX-5の方が加速は良い筈なのに実際の0-100km/hタイムは逆転した話は覚えておいででしょうか?

その後本書の読者の方より、更に興味深い話を頂きました。


それによると、ディーゼルエンジン搭載のアテンザ XDとガソリンエンジン搭載のミニクーパーを比較すると、トルクウェイトレシオは明らかにアテンザ XDの方が優れている(小さい)にも関わらず、0-100km/hタイムはミニクーパーの方が優れているというものです。

アテンザ XD (6AT) ミニクーパー (6AT)
車両重量 1,540kg 1,200kg
最大トルク 42.8kgf・m 22.4kgf・m
最大出力 175ps 136ps
TWR 36.0kg/kgf・m 53.6kg/kgf・m
PWR 8.8kg/ps 8.8kg/ps
0-100km/h 7.8秒(6MT)、8.4秒(6AT) 7.8秒(6AT)
アテンザとミニクーパーの動力比較(優れている方を太字で示す)

上の表を見て頂きます様に、確かにトルクウェイトレシオは1.5倍ほどアテンザの方が勝っているにも関わらず、AT車の0-100km/hタイムでは(0.6秒ですが)逆転した結果になっています。

どうしてなのでしょう?

という訳で、早速調べてみる事にしました。


1. 推測


早速調べに掛かったのには訳があります。

実は、思い当たる節が一つあるからです。

それはシフトアップの回数です。

ご存じの様にディーゼルエンジンはガソリンエンジンに比べて高トルクですが、その反面回転数は低く抑えられています。


ガソリンとディーゼルのエンジン性能曲線

一般的にはガソリンエンジンは6000回転以上まで回せるのに対して、ディーゼルエンジンは4500回転前後です。

となると、ガソリンエンジンだと2速で時速100kmに達するのに対して、ディーゼルエンジンだと3速までシフトしないと時速100kmに達しない場合も考えられます。

たった7~8秒の間に、片や2回のシフトチェンジで済むのと、3回シフトチェンジしなければいけないのを比べれば、ATと言えどもその差は歴然です。

正確には不明ですが、恐らくそれだけで1秒近い差は生じるでしょう。

と思いつつ調べていくと、予想外の展開になっていきます。


2. アテンザ XD


先ずアテンザですが、本書でも過去よく取り上げたマツダの2.5Lディーゼルを搭載しています。

このため最高出力のエンジン回転数は、たったの4500回転です。

念のためメーターの表示を見ると、レッドゾーンは5000回転からの様です。


アテンザ XDのメーターパネル

この主要諸元表からギア比やタイヤサイズを調べて、各ギア毎のエンジン回転数と速度のグラフを作ると以下の様になります。


アテンザ(6AT)のエンジン回転数と速度の関係
(赤点が最高回転数における100km/h到達点)

これをご覧頂きます様に、2速ですと5000回転まで回しても時速85km前後のため、時速100kmを出すためには、どうしても3速まで使わなければなりません。

ここまでは予想通りです。


3. ミニクーパー


次はミニクーパーです。

このミニクーパーに載っているエンジンですが、これまた本書でも何度か取り上げた事のある、BMW製の3気筒1500㏄ツインターボエンジンです。

良く言われるダウンサイジングの代表的なエンジンで、あのBMW i8にも使われています。

その最大出力の回転数を調べると、高トルクエンジンだけあって、ガソリンエンジンでありながらたったの4400回転です。

少しドキッとしたものの、レッドゾーンを見るとそれでも何と6500回転まで回せる様になっています。


ミニクーパーのメーターパネル

先ほどお伝えした様に最大出力の回転数が4400回転ですので、5000回転より上は殆どトルク感は無いのでしょうが、0-100km/mタイムを短縮するためには、レッドゾーン直前まで回した方が良いのは以前S660の走行性能曲線を描いたときに分かっています。


速く走るためには、トルクが急激に落ちてもレッドゾーン直前まで回した方が良い

6500回転まで回せるのでしたら、2速で時速100kmまでカバーできるかもしれません。

と思いつつ同じグラフを作ってみると、予想外の事が起きました。


ミニクーパー(6AT)のエンジン回転数と速度の関係
(赤点が最高回転数における100km/h到達点)

何とミニクーパーも、2速で6500回転まで回しても時速80kmしか出ないのです。

ですので、ガソリンエンジンのミニクーパーも、アクセラ同様3速までシフトアップしなければならないのです。

どうやら当初の目論見が一気に崩れてしまった様です。




4. 相違点


見事に目論見が外れてしまったのですが、ならば何故ミニクーパーの方が0-100kmタイムが良いのでしょうか?

この二つのグラフをじっくり見比べると、ある違いに気付きました。



何方も直ぐに気が付かれると思うのですが、ミニクーパーの方が各ギアのグラフ(ライン)の角度が寝ています。

これはどういう事かと言えば、ミニクーパーの方が同じ回転数でも速度が遅いという事を意味しています。

そう聞くとむしろ遅くなると感じてしまいますが、むしろ最終ギア比を上げてトルクを高め加速を良くしているという訳です。


5. 最終ギア比


最終ギア比とは、トランスミッションの変速比と、デファレンシャルの減速比を掛けたもので、エンジンの回転数と車軸(タイヤ)の回転数の比率を表しています。


クルマの駆動力伝達機構

ですので、もし最終ギア比が10だとすると、エンジンが10回転する間にタイヤが1回転する事になり、エンジンのトルクを10倍にして車軸に伝えている事になります。

という訳で、2台の最終ギア比を比べてみると、以下の様になります。

アテンザ XD (6AT) ミニクーパー (6AT)
変速比 減速比 最終ギア比 変速比 減速比 最終ギア比
1速 3.487 3.804 13.26 1速 4.459 3.683 16.42
2速 1.992 7.58 2速 2.508 9.24
3速 1.449 5.51 3速 1.555 5.73
4速 1 3.80 4速 1.142 4.21
5速 0.707 2.69 5速 0.851 3.13
6速 0.6 2.28 6速 0.672 2.47

例えば1速を比較すると、アテンザ XDはトランスミッションとデファレンシャルギアで、エンジンのトルクを13.26倍にしているのに対して、ミニクーパーは16.42倍している事になります。

ギアによって倍率が異なるので、1~3速の最終ギア比を平均すると以下の様になります。

アテンザ XD (6AT) ミニクーパー (6AT)
変速比 減速比 最終ギア比 変速比 減速比 最終ギア比
1速 3.487 3.804 13.26 1速 4.459 3.683 16.42
2速 1.992 7.58 2速 2.508 9.24
3速 1.449 5.51 3速 1.555 5.73
平均 8.78 10.46

すなわちアテンザ XDの場合、時速100kmに至るまでに平均で8.78倍エンジントルクをギアでアップしているのに対して、ミニクーパーは10.46倍アップさせている事になります。

ですので、3速までの限定としてみれば、ミニクーパーはアクセラよりギアによって1.19倍(=10.46/8.78)車軸のトルクを高めていると言えます。

このため、素のトルクウエィトレシオにこの倍率を使って補正すると以下の様になります。

アテンザ XD (6AT) ミニクーパー (6AT)
素のTWR 36.0kg/kgf・m 53.6kg/kgf・m
1~3速の
補正TWR
36.0kg/kgf・m 45.0kg/kgf・m
0-100km/h 7.8秒(6MT)、8.4秒(6AT) 7.8秒(6AT)

これで少しミニクーパーのトルクウェイトレシオが、アテンザ XDに近付きました。


6. タイヤ径


さらにミニクーパーの方が一回り小さなタイヤを履いていますので、これによってもトルクがアップする事になります。

アテンザのタイヤは225/55R17で直径は679mm、ミニクーパーのタイヤは175/65R15で直径は608mmですので、ミニクーパーの方が1.12倍トルクがアップする事になります。

これを使って先ほどのトルクウエィトレシオを更に補正すると、以下の様になります。

アテンザ XD (6AT) ミニクーパー (6AT)
素のTWR 36.0kg/kgf・m 53.6kg/kgf・m
1~3速の
補正TWR
36.0kg/kgf・m 45.0kg/kgf・m
タイヤの半径を
補正したTWR
36.0kg/kgf・m 40.2kg/kgf・m
0-100km/h 7.8秒(6MT)、8.4秒(6AT) 7.8秒(6AT)

超えません。

ここまでやればミニクーパーのTWRが、アテンザのTWRを超えるのではと期待したのですが、超えませんでした。

元々TWRは、単に車重を最大トルクで割るだけなので、正確無比なものではないのですが、それでも2車の優劣比較程度には使える筈です。


7. オーバーブースト


他に見落としている要素がないかと悩んで、フト思い出したのが、これです。

ミニクーパーのオーバーブーストです。

オーバーブーストとは、BMWが呼ぶ所のアクセルを急激に踏んで、通常より大きなトルクを発生させる機能の事です。

こう言うと何か特別の仕掛けや、それ用のスイッチがある様に思われるかもしれませんが、何という事はなくターボエンジンのアクセルを一気に開けるとブースト圧がオーバーシュートして瞬間的に規定以上のトルクになるのを、逆手に取ってBMWがこう呼んでいるのです。

ブースターとかブーストONではなく、オーバーブーストとは、何とも言い得て妙な名称です。

ただしこれが働くのは、最高出力の4400回転未満のときなので、最高出力自体は変わりません。

とは言え、これによってミニクーパーの最大トルクが公称値の22.4kgf・mから23.5kgf・mへと5%ほどアップします。

これを使ってもう一度TWRを補正すと、以下の様になります。

アテンザ XD (6AT) ミニクーパー (6AT)
素のTWR 36.0kg/kgf・m 53.6kg/kgf・m
1~3速の
補正TWR
36.0kg/kgf・m 45.0kg/kgf・m
タイヤの半径を
補正したTWR
36.0kg/kgf・m 40.2kg/kgf・m
オーバーブーストを考慮
したTWR
36.0kg/kgf・m 38.3kg/kgf・m
0-100km/h 7.8秒(6MT)、8.4秒(6AT) 7.8秒(6AT)

これでかなりアテンザのTWRに近付いてきましたが、とうとう超える所までには至りませんでした。


8. 空気抵抗

2016/11/18(金)追記

従来はここまでだったのですが、肝心な事を忘れていました。

それは空気抵抗です。

ご存じの様に空気抵抗は、前面投影面積に比例し、尚且つ速度の2乗に比例して増えますので、0-100km/h走行と言えどもかなりの影響を受けるのは間違いありません。

特に大きくなったとは言え、1台は(名称が)ミニで、もう1台は立派なミドルクラスのセダンですから、全面投影面積はかなり違う筈です。

生憎正確な全面投影面積は分からないので、主要諸元表に記載のある高さと横幅で、どれくらい違うかを主要諸元表にある寸法から調べてみます。


すると上の図の様に、アテンザの全面投影面積は高さ×横の単純計算で2.67m2、ミニクーパーは2.44m2と1割(正確には9.4%)ほどの差があります。

ミニクーパーが思っていた以上に大きい(1.7mを超える3ナンバー車)のに驚きますが、それでもアテンザの方が空力的には不利なのは間違いありません。

おまけに空気抵抗は速度の2乗で効いてきますので、アテンザが遅い理由はこの辺にあるのかもしれません。

と言いたい所ですが、空気抵抗については、これだけでは終わりません。

クルマに掛かる実際の空気抵抗は以下の式で求められますので、空気抵抗係数(CD)も考慮しなければなりません。

空気抵抗=全面投影面積×空気抵抗係数(CD値)

調べてみるとアテンザのCD値が0.26、ミニクーパーのCD値が0.33ですので、これをそれぞれの前面投影面積に掛けると、アテンザが0.69N、ミニクーパーが0.81Nとなり、逆転してミニクーパーの方が不利になります。

という訳で、これもアテンザが遅い理由にはなりません。


9. 何故?


これ以外に考えられるとしたら、ミニクーパー搭載のアイシン製の6ATトランスミッションが、マツダの新ディーゼルエンジン用に開発した6ATトランスミッションより、滑りが少なく且つ変速時間が短くて優秀なのかもしれませんが、確証はありません。

或いはミニクーパーの履いている標準タイヤの方が、アテンザの履いている標準タイヤよりグリップが優れているのかもしれませんが、これまた確証はありません。

これで万事休すかと思いながら、ミニクーパーの主要諸元表をぼんやり眺めていると、おっと思えるデータが見つかりました。


10. 光明


読者から頂いたミニクーパーの0-100km/hタイムは、6速ATのものしかなかったのですが、ミニクーパーの主要諸元表の中には6速MTのデータも載っていました。

その値を表に載せると以下の様になります。

アテンザ XD (6AT) ミニクーパー (6AT)
素のTWR 36.0kg/kgf・m 53.6kg/kgf・m
1~3速の
補正TWR
36.0kg/kgf・m 45.0kg/kgf・m
タイヤの半径を
補正したTWR
36.0kg/kgf・m 40.2kg/kgf・m
オーバーブーストを考慮
したTWR
36.0kg/kgf・m 38.3kg/kgf・m
0-100km/h 7.8秒(6MT)、8.4秒(6AT) 7.9秒(6MT)、7.8秒(6AT)

何と6速MT同士で比べると、たったの0.1秒差ですが、アテンザの方が勝(まさ)っていたのです。

そしてもっと興味深いのは、ミニクーパーは、マニュアル車よりオートマチック車の方が0-100km/hタイムは良いのです。

この理由はアイシン製のATミッションが優れているというより、MT車のギア比よりAT車のギア比の方が0-100km/h走行には適しているからなのでしょう。

となると、今度はMT車同士の比較をしなければいけないのですが、面倒なので大よその傾向は分かったので、本件についてはこれぐらいにしておこうと思います。



11. まとめ


という訳で一気に本書のまとめです。

①0-100kmの加速データを良くするには、低速のギア比をなるべく低く設定して、車軸のトルクをアップした方が良い。

②ただし下げ過ぎると、もう一段高いギアを使う事になって逆効果になると共に、一般走行で頻繁にギアチェンジが発生するので、兼ね合いが大切である。


③0-100kmの加速データは、せいぜい3速までしか使わないため、トルクウェイトレシオとリンクしない場合がある。

もう少し裏を取る必要がある様な気もするのですが、こんな結論で許して頂けるでしょうか?

もし疑義等ありましたら、お知らせ願います。




6-9. 0-100km/hタイムの罠/第6章:トルクと加速度の関係





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