誰も書かないホンダS660の真実
2015/4/7(火)発行
2016/4/17(日)更新
2016/4/17(日)更新
目次
7. 加速と制動性能
今までさんざんS660の悪口ばかりを書いてきましたので、ここで少し心を入れ替えて良い事も書いておきます。
S660透視図(前後荷重45:55)
先ほどS660は、ポルシェ911と同様リアが重いと述べましたが、これは加速と制動性能については理想的なレイアウトなのです。
ポルシェ911透視図(前後荷重39:61)
加速性能
ご存じの通りS660は後輪駆動ですので、リアが重ければ駆動力が効率良く路面に伝わります。
おまけに発進時には後輪に更に荷重が掛かりますので、こと加速に関しては最も効率の良いレイアウトと言えます。
ドラッグレースにおけるダッジ チャレンジャー
ただし所詮非力な軽自動車のエンジンですので、前述表のトルクウェイトレシオから言って、残念ながら加速性能についてはそのレイアウトの優位性を十分活かせないと推測されます。
早い話が、宝の持ち腐れと言わざるを得ません。
噂のホンダS1000
ところが、どっこい。
新開発の直噴3気筒1000ccVTECターボエンジンを搭載すると噂されるS1000では、俄然状況が変わってきます。
USAで噂されるS1000
同じ排気量であれば、気筒数が少ない方がトルクは増加しますし、吸気抵抗、摺動抵抗、重量の軽減に繋がりますので、1,500ccまでなら3気筒が断然有利です。
ホンダの新開発、直列3気筒1000cc直噴VTECターボエンジン
海外で既に公表されているデータによれば、このエンジンの馬力は127PS、トルクは20.4kgf・mとの事です。
問題は重量ですが、初代ワゴンRをベースに全長全幅をひと回り拡大して1,000㏄エンジンを搭載したワゴンRワイドは、ベース車両に対して80kgの増加で済んでいます。
初代ワゴンR(730-800kg) ワゴンRワイド(810-880kg)
とすると、S660の重量が830kgですので、S1000の車重が100kg増の930kgだとしますと、PWRとTWRはそれぞれ7.32と45.6になります。
弊サイトを既にご覧になっている方はご存じかもしれませんが、PWRとTWRがそれぞれ8.0と50を下回れば、1000ccでありながら下の散布図にあります様に末席ながら高性能車の仲間入りになります。
末席と言っても、加速性能ではS2000やトヨタ86を軽く凌駕しています。
S660がミッドシップレイアウトを含めシャーシーの性能に拘(こだわ)ったのは、このS1000の為だったのでしょう。
ですので、もしどうしても走りを極めたいのでしたら、S1000発売まで待った方が良いかもしれません。
制動性能
加速性能はそれなりだとしても、S660のブレーキング性能は別格です。
その理由は以下の通りです。
①車重が850kgと軽量なので、止める運動エネルギーが格段に小さい。
②ヨコハマADVANの高グリップタイヤを標準で履いている。
③前後輪にΦ260mmの大径ディスクブレーキを奢っている。
④後輪が重いため、制動時(前輪に荷重が掛かる)において4輪に均等に荷重が掛かる。
この様に4拍子揃っているクルマは極めて稀ですので、もしかしたら制動性能は市販車でも1番かもしれません。
過去国土交通省で行ったブレーキ性能試験でトップだったのは、殆ど知られてはいませんが2003年のRX-8で、乾燥路における38.6mの記録は10年以上経った現在でも未だに破られていません。
未だにブレーキ性能が破られないマツダRX-8(前後荷重50:50)
RX-8の前後荷重が50:50なのに対して、S660は45:55です。
おまけに車重は軽く、タイヤもブレーキもそれこそオーバースペックとも言える程の物を装着しています。
販売台数の少ないS660において、国土交通省がお金の掛かる自動車アセスメント試験をやってくれるとは到底思えませんが、S660の制動距離がこれを抜くかどうか興味のある所です。
ですので、もしサーキットで早く走ろうと思ったら、ぎりぎりまでブレーキングを遅らせる事です。
こう書くと、ブレーキングを多少遅らせても制動距離が短くなるだけで、ラップタイムが縮まるほどではないと思われないでしょうか。
ところがどっこい。
カーブの多いサーキットでは、加速性能と同じくらい制動性能が大切なのです。
考えてみても下さい。
例えば、2台のレーシングカがホームストレッチで熾烈なバトルを繰り広げながら、第一カーブに差し掛かったとします。
その際、左のオレンジのマシンはカーブ手前50mでブレーキを踏み始めるのに対して、右のシルバーのマシンはカーブ手前20mまでブレーキを我慢できた(遅らせた)としたらどうなるでしょう?
当然ながらシルバーのマシンは、カーブ直前で楽々とオレンジのマシンを抜き去る事ができます。
制動性能と聞くと、殆ど日の当たらない性能ですが、カーブの多いサーキットであれば、加速性能と同じくらい大切だというのが分かって頂けると思います。(詳細はこちらへ)
ちょっと漫画チックかもしれませんが、エンジンは非力ながらブレーキ性能の高いクルマが、エンジン出力の高いクルマを、カーブ直前で常に抜く姿は見ていて感動ものかもしれません。
ただしコーナーの直前までアクセルを踏み続けるのは、壁に向かって突き進むのと同じくらいに怖い事ですので、それができなければ、やはり宝の持ち腐れです。
8. その他
ついでなので、その他の気になる点を挙げておきます。
乗り降りし難い
車高が低いので、乗降性は最悪です。
屋根を外していれば多少救われますが、大柄の人が中に入り込むの結構大変です。
眺めが悪い
車高が低いので、景色の良い海岸線を走ってもガードレールしか見る事ができません。
おまけに交差点の一番前に停止すると信号も覗き上げないと見えません。
夜は対向車の光で難儀します。
後方視界が悪い
低い運転席に対して、縦長のエンジンを搭載するためにせり上がったリアのボンネットによって、後方視界はかなり悪いのは間違いありません。
高速道路の合流やY字路での合流では注意が必要です。
また雨の日や夜のバックに備えて、バックモニターは付けておく事をお勧めします。
ガソリンタンクが小さい
スペースの問題か、或いは昇温の問題か、あるいは安全上の問題か、S660のガソリンタンク容量はたったの25Lです。
普通の軽自動車で30~35Lですので、ちょっとドライブに行くと帰りには給油を気にしなければいけないかもしれません。
こんな些細な事でも、意外に運転の楽しさをスポイルされるものです。
9. まとめ
以上を、長所、普通、短所に振り分けると以下の様になります。
Advantage | Normal | Disadvantage |
スタイル | 最高速度 | 荷物が積めない |
加速性能(注) | 狭い | |
制動性能 | うるさい | |
希少性 | 熱い | |
曲がらない | ||
高価な異径タイヤ | ||
乗降性が悪い | ||
視界が悪い | ||
ガソリンタンクが小さい | ||
値段が高い |
いかがでしょうか?
結局の所ホンダのエンジニアが苦労してMRレイアウトにして得たものは、低いボンネットフードと他の軽自動車よりは優れた加速性能、そして非常に優れた制動性能、それに希少性(とリセール価格の高さ)だけで、他の多くの項目は他車より劣るという結果なのです。
そして更に言いたいのは、折角社内コンペまで開いて若い社員の貴重な提案を採用しながらも、出来上がったクルマは実用性が全くない、若い人には決して手の出せないクルマだったという事です。
たまに見かけるS660に乗っているのが、お洒落に白い髭を生やした年配者だったというのがそれを如実に物語っています。
それがスポーツカーだと言ってしまえばそれまでですが、もしそうならばスポーツカーの未来は寂し過ぎます。
10. おまけ
少々暗くなった所で、少し気分を変えましょう。
もしもですが、全く目立たない外観で、実用性も普通で、誰一人速いクルマだと思わず、それでいてとてつもなく速いクルマ、すなわち現代版の羊の皮を被った狼をお探しでしたら、間違いなくこれです。
マツダ アクセラスポーツ XD (TWR: 33.9 kg/kgf・m)
このクルマを見て、よもやインプレッサやランサーEVO並みに速いとは思う人は殆どいないのではないでしょうか?
と、今までは書いていたのですが、動力性能については、つい先日新しいCIVICタイプRによって抜かれてしまいました。
新しいCIVICタイプR (TWR: 33.8 kg/kgf・m)
こう書くと大幅に抜かれた様に思われるかもしれませんが、トルクウェイトレシオの比較で僅か0.1ポイント抜いたのです。
たった0.1ポイントの差となると、偶然とは思い難い所があります。
ですので、ホンダがCIVICタイプRを発売するに当たって、アクセラスポーツ XDをかなり意識していたのは間違いないと断言できます。
実はこれと同じ事が、過去ホンダ新CR-Z(58.8)とトヨタ86(58.9)でも起きているのです。
もし興味がありましたら、こちらへ。
ちなみに今後発売されるかもしれないS1000の推定TWRは45.6ですので、どんなに頑張ってもタイプR(33.8)に追いつくのは不可能です。
ですが、CR-Zやトヨタ86より断然上なのは間違いありません。